雲に鳴く。

趣味の小説書き、雲鳴遊乃実のブログです。個人サークル『鳴草庵』

それでも町は廻っている 感想文

ネタバレありの私的な感想文です。

 

死というのは物語を作る上で一度は扱ってみたいテーマでした。

生まれてから積み重ねて来た成長や思い出が、何かの拍子で死を介したが最後、突然全てが無に、というのではあんまりです。

「死後」「あの世」という概念が世界中にあるのも頷けます。

それでも町は廻っている 第二巻 あとがきより

 

 

 

僕が『それでも町は廻っている』という作品を知ったのは2010年に放送されていたアニメからです。まずタイトルを見て引っかかり、映像化する作品ということで書店に並べられていた同作のひとまず一巻から三巻までをまとめて買いました。アニメの方は結局のことろは見なかったのですが、漫画の方はかなり好きになり、当時の既刊本は買いそろえ、作者の他の作品も古本屋で見つけては順次買っていくようになりました。

当時の僕は、今まで惰性で買い集めていた長期連載漫画に次々と見切りをつけた頃でした。五〇巻以上続く作品が三、四作はあり、それらで半分以上が占められている本棚をぼんやり眺めているうちに、もういいんじゃないかな、と妥協が生まれました。捨てるのはなんとなく忍びなく、保存箱にそれらを詰めて押し入れにしまいました。これからはなるべく厳選して読む本を選ぼう。スペースの空いた本棚に収める本を探すべく、本の評価を調べたりレビューサイトをはしごしたりを繰り返しておりました。

 

それでは『それ町』を買い集めた理由は評価が高かったからなのか、というと、どうもそうではなかった気がします。明確に批判を目にすることもありました。当時の僕はレビューサイトの意見に流されまくりでしたので、そのような意見も自分の価値判断上は結構なウェイトを占めていたはずです。それを差し置いて『それ町』を買い集めることを決意したのは、先に引用した第二巻のあとがきが気に入ったからでした。

 

歩鳥が交通事故に遭って幽体離脱し、天国の一歩手前で自分のいなくなった町を見下ろす、という特殊な回。歩鳥の家族への思いが描かれたり、時系列整理の一助になったり、天国の造形が異世界探訪のようでわくわくしたり、細かいところでは森秋先生のお祖父さんっぽい人がこっそりいたり、重要な回だと思います。アニメだと最終話だったそうですね。

この回は異質でした。それまでの日常が唐突に終わりを迎える。基本はギャグとして描かれていますが、非日常感に満ちた死後の世界は不可思議で、そこはかとなく不気味にも感じられました。下界を見下ろしたことで自分のいなくなったあとを想像し、内面を吐露する歩鳥。自分が死ぬことで、日常がもう二度と戻ってこないことを痛感し、初めて本気で涙を流しました。

 

歩鳥は変化を恐れます。第55話『時は待ってくれない』(第7巻)で紺先輩に向けてしんみりと語られたその想いは、第65話『さよなら麺類』(第8巻)でラーメン屋の閉店を阻止しようと一切ギャグを挟まずに荒唐無稽な案を焦りながら口にする姿にも見受けられます。第123話『Detective girls final』(第16巻)では正にこの点をタッツンに指摘されてくずおれます。

何も変わらないのを願うこと。それは歩鳥の信条であり、同時に弱点でもあるのです。高校三年間のうちのある日(またはある日々)がピックアップされている独特の形式も、変わらない日々の繰り返しを強調しているかのようです。

 

しかし、作中の三年間が本当に何も変わらなかったかというと、そんなことはありません。

 

歩鳥は高校一年生から三年生へと変わります。一年時に森秋先生相手にドギマギしていた(第3話『セクハラ裁判』(第1巻)等)のが、二年目の終わる頃にはそれは勘違いだったと悟ります(第47話『ヒーローショー』(第6巻)等)。

猛も雪子も成長し、読める漢字も増えていくなんて細かいネタも仕込まれています(第34話『まぬけな正月の過ごし方』(第4巻)等)。

タッツンという呼称は一年目の秋に生まれ(第8話『看板娘が大人気』(第1巻))徐々に学校へと浸透していく。タッツンも最初はお淑やかだったのが次第に化けの皮が剥がれていく。

紺先輩は歩鳥が一年目の冬に出くわし(第11話『猫少年』(第1巻))、やがて心を開いていく。

映画研究会の面々と本格的に関係を持つのは三年目の春(第64話『大怪獣 尾谷高校に現る』(第8巻))。このときの脚本というキーワードが第108話『続・夢現小説』(第14巻)および最終話『少女A』(第16巻)等々へと繋がっていきます。

偶然出会った室伏涼との関係(第96話『幽霊絵画』(第12巻))が、森秋先生の謎の絵の真相(第4話『目』(第1巻))を曝くこととなります。涼ちんは登場回が遅かったため、また歩鳥との関係以外はほぼゼロなために異質な雰囲気を感じさせますが、あくまでも歩鳥の高校生活三年間では異質だったということにすぎません。卒業後にも続く、家族とも尾谷高校のメンツとも違う関わりの人として、歩鳥の世界の広がりを予感させる人物だと自分は思います。

 

でも そのために私がする事なんてないし・・・

欠けてほしくない事は増えるばかりなんです

第55話『時は待ってくれない』(第7巻)より

 

 

高校生でいる間、知っている世界がほとんど欠けず、むしろ広がり続けていられた歩鳥はとても幸せだったのかもしれません。大学生になり、学生という身分もなくなった歩鳥がどんな人生を歩むにしても、この三年間の記憶は変わらない。

作中には記憶を無くす機械なんてのも出てきます(第18話『穴』(第2巻)及び第90話『消された事件』(第12巻))が、まだまだ地球人には早い技術である様子。しばらくは安泰なのでしょう。

 

長々時間が掛かっていますが、一文をほんのり引用するために何十話も読んだりしているからです。あいまいな記憶のまま書くのも難しい。ただでさえ複雑なのに・・・・・・廻覧板が無ければとっくに諦めていたかもしれません。

それでも町は廻っている』で描かれた世界を僕は今後何度も思い返すでしょう。いくつもの感慨がまだまだ隠れている気がします。多様な楽しみ方ができる作品に出会えたことを嬉しく思います。石黒正数さんの今後の作品に期待しつつ、そろそろこの文章も書上げたい。この時間まで漫画を読み返していたのは、果たして何年ぶりだろうか。

 

最後になりますが、僕が一番好きなのは第114話『修学旅行』(第15巻)です。全てのコマが面白かったです。濃い時間をありがとう。