【同人小説感想文】春、きみの指が燃えていたこと(幅 観月)
テキレボEXで買った小説同人誌『春、きみの指が燃えていたこと』(幅観月さん)の感想文です。
購入した理由はタイトルに惹かれたからです。
表題作を含め、収録されているのは7つのお話。
掌編と言える3ページほどのものもあれば、30ページ程度の比較的長めの物語もある。
ほとんどのお話は独立しています。
掌編の方では、あるひとつの印象的な場面が、前でも後ろでもなく全体的に、膨らみを持っていくような感じを受けました。
例えば最初に収録されている「かからない魚」は、喫茶店で人待ちをしている人物を描いています。これも全3ページです。
座っているソファや、お店の雰囲気から始まり、「きみの趣味は石に顔をかくことだった。」の一文から、待ち合わせをしている「きみ」と呼ばれる人物が描かれる。
「きみ」にまつわるお話、先に上げた「石」の話を通して、人待ちをしている人物が苛立ち以外の感情を持っていることが見えてくる。
状況も情景も変わっていないのに、エピソードによって印象が変わっていく。たった一瞬でも、その切り取り方によって膨らみが生まれ、想像が広がっていきます。
続くお話は表題作「春、きみの指が燃えていたこと」。
プールのある屋上施設で永という女性と落ち合っていた「僕」にとって、永は自分にぴったりとは重ならない人物なのだと思います。
様子を伺うような態度。一歩引いた視線。距離感を持つ接し方をしていた彼が、夢の中で燃える炎と出会す。燃え盛るそれは危ないもののはずなのに、なぜか恐怖は感じない。
ただ目を惹きつけるものとして、「僕」にとってその炎は永と似たものだったのかもしれません。
抑制の効いた語り口が、時折、特に炎を想起するときに揺らぐ。「僕」と異なるもの、燃え盛るそれが、熱を帯びる日は来るのだろうか。
自分と他人の違い、あるいは共通点に心が揺れる。
全部ではないですが、敢えてテーマとして挙げるならこの違いや共通点への想いがあるように思います。
その揺れ方も、単なる羨望とはいかず、恐れや苛立ちを持つ。
それでも人と人とが交わる以上は避けて通れない。
通し読みして抱いた心地は穏やかなもので、でもそれだけで終わらない疼きがある。
準えていえば炎でしょうか。
胸の奥、気づかない程度の窪みに潜み、音もなく燃えている。
良い本でした。