小説を含め、同人誌即売会に通う趣味・習慣を持っていた人にとって、2020年は長く記憶に残ることになるのだろう。
名だたるイベントの中止や、換気消毒の感染症対策を徹底した制限開催。
その一方で、オンライン上では、共通のサーバーを介したドットゲーム風の空間での即売会や、SNSタグを用いて同時性を活かした擬似的な即売会などが行われたりもする。
その全容は計り知れない。小説を作っている人だけに焦点を当ててもカバー仕切れない。何かを作り、発表する人たちの数と熱気にただただ圧倒される。
今回取り上げる『エフェメラル・デイズ』(宮崎笑子)は、オンライン即売会の中で出会った一冊だった。言い訳になってしまうがイベント名は失念。申し訳ない。
『エフェメラルデイズ』は六つの小説からなる短編集。
文庫本サイズで、各話10ページ程度なので、掌編と言って良いのかもしれない。
デフォルメされた表紙絵からもランドマークタワーが見えることからも察せられるように、全ての小説が横浜を舞台にしている。
収録作品の内容は独立しており、冷淡さのあるサスペンスや、喪失と回復を描く恋愛物語など多岐にわたっている。地の文と会話のバランスも小説ごとに異なっていて、ひとつひとつの物語として楽しむことができた。
全体を通して感じられるのは、どの物語も「記憶」を扱っているとうこと。その「記憶」は登場人物の支えでもあったり、しがらみであったり、あるいはその両方でもあったりする。
そしてどの「記憶」もただの設定にはならず、物語の中で主人公が動く理由に繋がってくるのが良い。
技巧的な面白さも保ちつつ、「記憶」の出来事と主人公とを通して見つめることで、味わい深い奥行きを感じられた。
タイトルにもある「エフェメラル」は「一瞬の」「はかない」といった意味ではあり、日常の一コマとしても物語の意味合いもあれば、ほんの一瞬でありながらもいつまでもしこりになったりする記憶を指しているのかなとも思う。単語自体が宝石っぽいのも面白いですね。
横浜という現実にある舞台、かつ「西口五番街」や「汽車道」など(どちらも最初の収録作「あと二秒待って」より)の固有名詞がどんどん出てくる。物語を離れて調べることができると、登場人物たちの見ていた景色に近づいた気がして面白い。
個人的に好きな収録作はとあるジャズ喫茶を舞台にした「きみのしらない歌」。ちょうど感染症の騒ぎが始まった頃に横浜の歴史やジャズ文化を調べたことがあったので、そのとき抱いていた興味関心が少し戻ってきた。社会が落ち着いたら街巡りに行きたいですね。