雲に鳴く。

趣味の小説書き、雲鳴遊乃実のブログです。個人サークル『鳴草庵』

君の名は。(新海誠)※若干のネタバレあり

最初に言っておくとべた褒めします。気になる方はご注意ください。

 

 

 『君の名は。』を観ました。面白かったです。観たのは昨日のお昼頃なのですが、未だに興奮が冷めきれておりません。常に心のどこかがざわついている気がします。

 僕が新海誠を知ったのは『秒速5センチメートル』だったと思います。とりあえず絵がすんごく綺麗だったことと、お話の結末で精神抉られたことをよく覚えています。ただ映画を観たって気分ではなかった。音楽が主役みたいなところもあったし、長いMVを観ているような、そんな感覚でしたね。

 ものすごく綺麗なシーンを描くことと、切ないストーリーを書くこと。この二点をもって新海誠作品を長いこと認識しておりました。『星を追う子ども』を観たときは、このままジブリを追いかけて良くない方向に向かっちゃうのかなと不安に思ったりもしたのですが、『言の葉の庭』では内面を掘り下げる描写が復活し、さらに前向きなメッセージも添えられて、短い作品ながらも成長がうかがえてまた期待するようになりました。

 そして今回の『君の名は。』がやってきました。

 正直なところ、PVを観たときは『星を追う子ども』を思い出して不安もあったのですが、観てみたら驚きました。先ほど成長と描きましたが、本作でも新海誠は確実に過去作を乗り越えてきております。今までぎこちないと思っていた部分同士が溶け合って、新しい個性を引き出している、そんな印象です。

 『星を追う子ども』の何が苦手だったかと言えば、主人公があまりにも無個性だったことです。意志はあるんですが、どこかテンプレート的で、反応は返すけど自分らしさを出していこうとはしない。もちろん冒険活劇ですので、自分らしさを出すにも限界があるわけです。『秒速』や『言の葉』を観る限りにおいて心理描写は一級品です。冒険中に逐一じっくり心理を出すわけにもいかないし、必然的によくある反応を繰り返すことしかできなかったんじゃないかな、と感じておりました。

 翻って『君の名は。』ですが、世界観のテイストは不思議と『星を追う子ども』を彷彿とさせるんです。心と体が入れ替わる、という超常現象が起きているのももちろんですが、糸守神社の伝承だとか、ご神木にまつわるお話だとか、死と生の話とか、俗世から離れたファンタジックな要素が混ざっている。でもそれは『星を』のときのような異世界ではなく、あくまでこの現実世界の延長線上にある。入れ替わりにしたって、糸を中枢に据えて上手いことイメージしやすいように描写されている。こうした配慮が行き届いているから、突飛なことが起きても素直に受け入れられて、作品世界に没入できたような気がします。

 例えば、布石の回収の巧さも目立った『君の名は。』ですが、特にいいなと思ったのは黄昏時のくだりですね。本来会えるはずのない二人が会えてしまうのも、最初の方で黄昏時についての話をしていたからこそ、受け入れられる。ああそうか、黄昏時だもんな、って。もっと言えば、あそこで会えたからこそ後の三葉の大きな行動があるわけで、布石を回収するだけじゃなく、その後の展開に活かしている。そんなふうに納得できることが多かった。

 もちろん細かいところを観ていけばやっぱり突っ込みどころはあるんですよ。普通に暮しているのに時間のズレに気づかなかったのか、とか、瀧から電話が繋がらなかったのはしかたないにしても三葉から繋がらないのはどうして、とか、そんなこと。でもだからといって評価を下げたいとは思わない。話そのものの勢いに飲み込まれて、無粋なことは言いたくなくなった。力がある話だ。興味を引くし、応援したくなる。家族連れでも全然問題なく見に行ける作品だと思う。

 だいたい新海誠作品を家族連れやカップルが見に行くなんて、こんなことが今まであったんだろうか。そこまで詳しく知っているわけじゃないけれども、『秒速』も『言の葉』も名作だけど誰かと一緒にみたいとは思わないんじゃないだろうか。一人か、気の合う仲間とみて、終わったあとにしっぽりと感想を言い合うような作品だと思っていたし、そういう監督なんだろうなと思っていたところに、『君の名は。』をぶつけられて、認識が大きく改められた。

 随分と良い方向に変わられたと思う。新海誠自身の持ち味を残しながらも、あんなに活力溢れる映画を観ることになるなんて思いもよらなかった。きっとこれからも何度も目にする映画になるような予感に当てられて、気もそぞろ。困っちゃうな。でも楽しい。