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雲に鳴く。

趣味の小説書き、雲鳴遊乃実のブログです。創作サークル綾月所属。個人サークル鳴草庵代表。

『SHIROBAKO』 感想文

 

ascii.jp

  先週上記の記事を読んだ。記事の中では古い時代の経験が過去に受け継がれていく様に触れられており、もともとそのようなテーマが好きだったので、ひとまず一話目から見てみようかと初めてみた。それが思いの外面白く、五日ほどを費やして全二十四話を一気に視聴する運びとなった。

 この作品がお仕事ものだったから、未だに社会人として馴染み切れていない我が身につまされる思いがあった。映像や説明の丁寧さ、わかりやすさ、地味な題材なのに上げ下げを繰り返す展開の妙義ももちろん面白かったものの、やっぱり自分がはまった原因は自分と通じることがあったからだと思う。例えば冒頭の高校時代のシーンを見ていたときはなんとなく遠いものを見ているような気分になり、手に持ったドーナッツの形が2年半後の自動車のハンドルと重なるシーンでは目の覚める気分になった。友達に囲まれた温かみのある光景から、無機質な車内の暗澹たる光景への切り替わりは、わかりやすいほどに見事な対比だし、この作品がただの底抜けに明るい話ではないことの暗示にもなっていた。

 『SHIROBAKO』はアニメの制作現場にフォーカスを当てている。上記の記事やその関連記事にもあるように、デフォルメの掛け方には細心の注意が払われている。実際のところ労働環境に明るい話は聞かないし、真面目に書いたら暗い作品となっただろう。そこにどうやって明るさ、緩さを持ち込むかが肝となっている。その二つは相反しているわけで、時としてやりすぎにも見えた。例えば第二十三話、監督が出版社に乗り込むシーンで唐突に始まるストリートファイトはぎりぎりまで空想じゃないかと疑ってしまっていた。慣れてしまえば唐突なギャグ調子も受け入れられるが、ベースがリアルであるがゆえに、苦手な人もいるだろう。まあ、そんなこといったら出版社側の編集者である茶沢の存在自体、悪役になるべくして据えられたキャラだと捉えられかねないが。

 僕が引っかかった点は主にそうしたシリアスからギャグへの落差にあったが、さっきも言ったようになれてしまえば気にはならない。むしろ全体を通してみた印象としては、ここまで詳しくアニメ制作を掘り下げてくれたものだと感心してしまう。誇張はあれども、展開の基本の部分では本当に仕事内容に即しているのだろう。時折制作サイドの人物をモデルにしたキャラクターが出てくるのはファンへの一興としても、その職種を物語の中にしっかり落とし込んでくれるから、決して寒いサービスとは思えない。むしろその人物の実際が気になってくる。このあたりの匙加減はとても上手い。名前だけ似せるのではなく、仕事そのものが事細かに説明されるからこそ、真面目に受け止めることができるのだと思う。

 物語はアニメ制作だが、内容はどの職業につとめている人にも通じるものだ。主人公の宮森が携わる制作という仕事は技術者たちをまとめあげスケジュールどおりに動かしていく連絡調整係であり、働いていれば遠からず関わりが生まれる部分だろう。ついでにいえば、彼女をメインと視点として据えているから、各技術者にもスポットライトがあたる構成になっているのもいい。とにかく、あらゆる人の中間であくせく働く彼女の姿は多かれ少なかれ働いている人たちにも理解される苦労を抱えている。二期ではその忙しさに加え、「自分は何をするべきか」という誰もが抱えるような人生のテーマにさえ踏み込んでくれるものだから、先が気になって仕方がなかった。しかも宮森だけじゃなく、主要キャラのほとんど全員にその問いかけが与えられ、答えまで出してくれる。だから登場人物一人一人に厚みがある。誰かと誰かが一緒にいるシーンだけでもう期待値が高まるし、実際何かしらの交流をしてくれるから、見ていてとても面白い。

 冒頭に上げた記事のとおり、確かに過去から技術が受け継がれていくシーンはあった。でもそれ以上に、人と人が関わるシーンがたくさんあり、見終えた今となってはそちらの方が印象に残っている。たとえ目上の人であっても出会うことにまったく恐れをいだかない宮森の態度も良かった。僕がそうでないからこそ、なおさらであったのかもしれない。また、作中で平岡が触れているように、すべてがいつも上手くいくとは限らない。それを踏まえた上で、特殊な手段を講じるでもなく自力で、あるいは助けをもらいながら、解決策を講じていく。『SHIROBAKO』の中にある誇張はそういった、現実的にあり得る範囲での誇張だから、どんなに突飛でも許せてしまう。そんな気丈にできるか、なんてとても言えない。できたらいいなとどうしても思ってしまうものだからだ。

 宮森以外の同級生メンバーの成長も、それぞれ別の歩みがあって面白い。誰一人としてとんとん拍子ではない。為しえたことの大きさにもばらつきがある。それでも最終的にはみな、小さいながらも一歩を踏み出せている。『SHIROBAKO』は彼女たちを含め、夢を追う人たちのドラマであり、横やりにそれることなくひたむきに夢に向かい続けている様が描かれている。実際のところはどうなのか、なんてどうでもいいのだ。きちんと困難を乗り越えた上での達成にはどうしたって胸を打たれる。

 個人的に好きなシーンを上げるとすれば、第二十話の平岡と円の喧嘩が良かった。あれほど本気で喧嘩し合う場面は現実でもなかなかお目にかかれない。特に社会人になってからは、酔っ払いでもない限りない。だからなのか、妙に心惹かれたし、その後平岡が太郎に絡まれて真情を吐露する場面も強烈に印象に残った。太郎自体、十二話頃まで碌でもない奴といった描かれ方だったので、なおさらである。

 『SHIROBAKO』という作品が放送されていたことは知っていたが、リアルタイムでは見なかった。ローマ字表記のタイトルで敬遠していたと思う。確か『TARITARI』もそんな感じで、見てみたら実は面白かった。もったいないとは、多少は思うが、今からでも遅くはないだろうとの期待を抱いて、この感想文を書き終える。