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雲に鳴く。

趣味の小説書き、雲鳴遊乃実のブログです。創作サークル綾月所属。個人サークル鳴草庵代表。

ヴォイニッチホテルについて【ネタバレあり】

感想

・はじめに

 

 

ヴォイニッチホテル 1 (ヤングチャンピオン烈コミックス)

ヴォイニッチホテル 1 (ヤングチャンピオン烈コミックス)

 

 

 

ヴォイニッチホテル 2 (ヤングチャンピオン烈コミックス)

ヴォイニッチホテル 2 (ヤングチャンピオン烈コミックス)

 

 

 

 

以下、ネタバレありの感想文。

 

 kindleストアを眺めていたら、発売したばかりの三巻が目に入りまして、名前をよく見る漫画だったから一気に買ってみたのです。

 なかなか説明することが難しい。バイオレンスなのに淡白。殺伐としているのにほのぼのともしている。毒気の強い日常物語と言えばよいのでしょうか。

 基本的に一話数ページの短編なのですが、たくさんの何気ない所作が別のお話での布石っている場合がたくさんあり、読んでいて小気味よく驚かされるのもいい特徴です。もちろんそれぞれの短編として見ても面白い話も多かった。

 

 連載開始したのが2006年、そこから3、4年周期で一巻ずつ発売という、長い連載を行っていたみたいです。でももっと早く知りたかった。手に取っておけばよかったものを。

 このお話は三巻で終わってしまいます。思いっきり新規の読者のくせに言うのも妙ですが、もっと続いてほしかった。しかし最後は、とてもきれいにまとまっている印象があります。

 ネタバレありと銘打ってはおきましたが、やはりここは空気を読んでスペースでもつけましょう。

 ちなみに画像を貼るつもりはありません。そもそも電子書籍って貼り付けられるんですかね、まあ、いいです。

 では、読みたい人、ネタバレしてもいいよって人だけ続きを見てください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実はですね、私、魔女なんです

 最後の最後、クズキがエレナと共に東京へと旅立つシーン。エレナは自分の正体を明かします。

 もちろんエレナが魔女であることは読み手にはとっくにわかっていたことです。ただ明示がされていなかった。それをここで口にするということは、欠けていたピースを埋めるようなもの。一気読みしていてとても気持ちが良かった。

 主人公(でいいのだと思う)であるクズキはエレナに微笑み、そして言います。

知ってたよ

 ああ、いいな。

 読む側からしてみれば、思わず頷いてしまう一言。最後の最後にこの言葉があることで、綺麗に締まる。

 そうだよな、知ってるんだよな。

 そうだよなあ。

 

 

 

 

 待って。

 

 

 待て待て待て待て待て。

 おかしい。めちゃくちゃおかしい。

 読み終えてぼーっとしていたところに襲い掛かってくる違和感。

 

 クズキはエレナが魔女だと知っていたと言っています。

 が、そんなわけありません。何言ってるんですかこの人は。

 

 66DAYS(66話目、以下カウントをDAYSで表記)を参照してみましょう。

 すると、エレナはしっかりクズキに目を閉じてもらっています。

 そりゃ、確かに目を開けて周りのヤクザが全員ぶっ殺されていたら普通じゃねえなとは思うけど、ともかく見せないように配慮しています。この一回だけで魔女と決めつけるには弱い。

 じゃあその前に魔女だとわかる場所があったかな、と思って探してみました。が、ありませんでした。エレナはクズキの前で自分の力を一回も使っていません。

 そもそも43DAYSにて間宮姉を殺したとき、エレナはこう言っています。

本当はね、私、人間はもう手にかけないって心に誓ってたの。このホテルで安穏の暮らそうって。

 これがエレナの願いです。

 思い返せば、店内でヤクザが暴れたとき(DAYS12)も、悪魔がVIPルームに住み着いたとき(DAYS50)も、エレナはホテルを出てから殺そうとたくらんでいます。ホテルの中ではなるべく力を使わないつもりだったのでしょう。いつでも忙しそうだったのもそのせいかな。もっとも緊急事態では別だったみたいですが(DAYS52)、大して気にされませんでした。

 

 クズキはいったいどこでエレナが魔女だと気づいたのでしょう。

 

 五年経つ間に気づいたということでしょうか。

 でも、67DAYSのクズキの描写を見るに、彼は五年後に初めて自分の姿を見た様子。それまでは入院患者のように、傷ついていた身体を癒し続けていたかのようです。

 

 この疑問を解消するために、ヴォイニッチホテルを何度か読み返しました。

 そうしたら、とんでもないことになった。あらゆるところから布石がぞろぞろ出てくるのです。

 少なくとも一巻、二巻で他のお話と関係のない話はひとつとしてありません。

 目立つ例としては祭のときのケーキがあげられるでしょう(DAYS36)。ドーナツを食べていた悪魔アシュケロンは、同じく悪魔のディモナからケーキをもらい、食べた途端に地獄に落ちます。象をも殺す毒が含まれていたからです。この毒はどこからきたのか、読み進めれば、エミリアさんがオーナーと仲良くするスナークを毒殺するために仕込んだのだとわかります(DAYS39)。ちなみにこのときエミリアさんは殺象剤を手にする前に殺鼠剤を選ぼうとしますが、彼女が殺鼠剤を持って現れるのはDAYS3であり、DAYS31で一旦捨てています。殺象剤の噂はDAYS36で悪魔たちがしていますね。

 こんな具合の布石がところせましと並べられている。それがヴォイニッチホテルという漫画の本当の面白いところです。一回で済まさず、ぜひ二回、三回と読み直して驚いてほしい、そんな作品です。

 

 謎を全て書きだしているときりがない。そこで、クズキがエレナを魔女と知っている理由も含めて、僕が気になった個所を追求していきたい。

 

 気になったのは、次の3点。

①スナークはどうして人殺しをしていたのか。

②間宮妹はどうして皇竜会に奉仕活動しに行ったのか。

③クズキはどうしてエレナを魔女と知っているのか。

 

それでは順番に見ていきましょう。

 

①スナークはどうして人殺しをしていたのか。

 この点が本当に謎なのか、疑問に持たれるかもしれません。

 このことについて、言及しているように思われる個所があるからです。

 DAYS37ではこれまでの犯行を楽しんでいたかのようにふるまい、DAYS64ではクズキに抱かれることだけを考えている。まるで性欲に狂った危ない人であるかのように。

 とはいえ、スナークをただのおかしい人と分類してしまうのはどうも違う気がします。

あなたは幸せになりたいんじゃなくて、他人を自分より不幸にしたいだけなのよ(DAYS37より)

 これはスナークに向けられたディモナの言葉です。これに大してスナークは「それもそうだわ」と即納得。

 このことから、スナークは自らの欲望を満たしたいのではないとわかります。スナークは欲望を満たすべく自らに寄ってきた連中に対し、身体を奉仕させた後の幸せな状態で一気に殺し、とびきりの不幸を味わわせてあげたいのです。

 

 なるほど、スナークの行動はわかった。

 では、どうしてスナークはそんなことをしているのか。

 ここから先はほのめかす程度にしか書かれていないので、多分に妄想が含まれます。ご注意を。

 

 DAYS4に注目しましょう。漫画家のハラキは、隣室の物音に聴き入ります。エレナによれば中年男性と若い女性。どうもいちゃついていたり、国際条例違反をしていたり(?)、楽しんでいるみたいです。そんな中で聞こえたセリフ。

 …なたこの島…覚え………の?

 

ん?……の……だ?

 

…三年前のこ…の……私の……コロ………で…

 

これは父さんの分

これは母さんの分

これは妹の分

 翌日、ハラキの隣室は血だまりになっています。

 最初の穴埋めは

「あなたこの島のこと覚えてないの?」

「ん? 何のことだ?」

  その次、三年前ということはかろうじてわかります。コロはなんだ。わからん。

 父さん、母さん、妹の分はギャグっぽく書かれていますが、のちの血だまりを見るに深刻な様子ですね。

 

 のちにDAYS11にて、少し前にヴォイニッチホテルでスナークの犯行があったと言われています(DAYS11では一般邸宅での殺害の現場処理中)。おそらくこのハラキの隣室での出来事はスナークが関与していたのでしょう。

 

 果たしてこの時誰が殺されたのでしょうか。

 確証がもてるわけではありませんが、DAYS37のディモナの言葉より、スナークの殺した相手には「政府高官」や「学校職員」、「パーラーの主人」が含まれていたことがわかります。

 パーラーの主人は最初の犠牲者。だとすれば残りの二つが、それぞれDAYS4とDAYS11での犯行の犠牲者なのか。

 

 ここで別の方向に話を進めてみます。

 三年前。

 これが意味するものは何か。

 すぐには思いつかなかったので、作中に三年前という文字が出てくる場所をさがしてみました。

 該当箇所はたったひとつ。DAYS27です。

あれからまだ3年も経っていないのに

あいつ もう ピースのことなんかどうでもいいんだ

 地雷を踏んでしまったリーダーを庇ってピースが死んだ日、それが3年前なのです。

 

 ハラキの隣室に住んでいた人物が、内紛に何らかの感じで関わっていた人物だとしましょう(強いて言うなら政府高官なのか)。

 スナークがその人を殺した理由に、ピースが関係しているとしたら。

 ピースの死を悼み、そのために政府高官に取り入り、殺した。

 筋は通っているように思えます。

  しかしここで問題がひとつあります。「父の分」「母の分」「妹の分」というセリフです。ギャグだからと受け流すわけにはいかないでしょう。

「妹」であれば通常スナークの妹であるアリスのことかと思われます。ピースのことではない。

 だからやっぱり、このスナークの犯行とはスナークとは関係ない?

 

 このあたりを突破するにはさらに別のところをいくつか参照する必要があります(いろいろと入り組んだ漫画であることがおわかりいただけるでしょう)。

 それでは行きます。まずはDAYS39より。

戦災孤児の方々に笑顔を取り戻していただくのが私の務めです。

 これはオーナーがスナークに補助金を受け渡している際の言葉です。

 ちなみにDAYS38では探偵団のオイロケが孤独をめちゃくちゃ怖がる描写があります。彼女もまた戦災孤児なのでしょう。

 スナークに渡していたということはスナークやアリスも戦災孤児でしょう。内紛が始まったのはDAYS2によると20年前。スナークは若い大人であり、アリスは10歳。ともに戦災孤児となった可能性はあります。 

 いうなれば二人とも戦争の被害者。スナークが政府高官を殺す動機にはなります。

 

 ではどうしてピースの話をしたのか。

 これはもはや完璧に想像なのですが、ピースは子どもたちの保護者のような立場にいました。

 アリスは人と話せませんが、ベルナには懐くことができました。なぜならベルナがアリスのお願い(猫をたすけること)を叶えてあげたからです。

 面倒見のいいピースは、きっとアリスを助けてあげることも多かったでしょう。だとすれば、アリスはピースに懐いていたのではないでしょうか。

 ところが、ピースは地雷によって下半身を吹き飛ばされて死にました。リーダーが火傷を負ったその現場に、アリスも居合わせたとしたら、そのことがトラウマとなっていたとしたら。

 アリスが心に傷を負い、その結果口を閉ざすようになった、と考えられます。

 

 ここまで読んで、何でそんなことをわざわざ考えているのだろう、と思っている人もいるでしょう。

 余談になりますが、ピースについて考えたことを書きます。

 僕が気にしているのは、実は次の部分なのです。やはりDAYS27より、リーダーがピースのことを思い出して呟くセリフです。

つか、なんで忘れてたんだろうな。

あんなに好きだった彼女のこと。

 忘れること。これは実は、2巻の最後の方でも起きています。悪魔が人間社会に介入し、因果律を捻じ曲げて勝手に自分のホテルを作ったとき、人々はもともとその場所にあったドーナツ屋のことをすっかり忘れていました。

 悪魔の力で因果を変えると、人は記憶を改竄されてしまうのです。

 翻って、ピースの場合。

 彼女の記憶は、消えはしないまでも、薄らいでいました。

 一方、アリスが日頃被っている真実のウサギは悪魔から授かった品物です。

 アリスが喋れない自分を無理やり捻じ曲げているために、元々アリスに親しまれていたピースの存在が薄らいでしまったのではないか。

 というのが僕の妄想したところなのです。

 

 さて、スナークはどうして人殺しをしたのか、話を戻してみましょう。

 話を読んでみると、戦災孤児である境遇もさることながら、母親の不在が大きく影響しているみたいに感じられました。要所要所でアリスの母になりたいとスナークは口にしておりました。

 性交と堕胎を繰り返す。それは母親らしさとその否定を繰り返す。人を愛しようとしながら直後に殺すのと同じような、捻じれた心境があったのではないでしょうか。

 

 

②間宮妹はどうして皇竜会に奉仕活動しに行ったのか。

 奉仕活動と書いて「ただばたらき」と読みます。その真意は「敵討ち」です。

 間宮姉はクズキの命を狙い、エレナに始末されました。同時刻にスナークに切り刻まれた間宮妹はベルナによって一命をとりとめ、日本に帰国。「敵討ちは金にならないからするな」と姉に言われたことを思い出しますが、やっぱり嫌だと敵討ちを決意します。

 そして五年後、そこには皇竜会を襲撃する間宮妹の姿がありました。

 

 問題は、どうして皇竜会を襲撃したのか、です。

 間宮妹の願いは姉の敵討ちであったはずです。姉の敵と言えば、直接手を下したエレナに相違ありません。あるいはそのエレナに守られているクズキか。二人ともヴォイニッチホテルに暮らしているので、探せば見つけ出すことができたでしょう(殺せるかどうかは別問題として)。

 皇竜会はといえば、クズキ殺害を依頼した人たちです。どちらかといえば敵というより味方のような気がしますね。

 

 このあたりを解き明かすには、最終話のクズキの行動を見てみる必要があります。

 LAST DAYSのクズキより。

この帰省で全てを清算するよ

 さて、清算とはなんのことでしょう。

 まあまずはお金のことかなとも思いました。逃亡資金もらったけどやっぱりいらない、みたいな展開だと平和でいいな。

 ところがですよ、最後に旅に出るクズキを見てみましょう。

 こいつ、手ぶらですね。ワイシャツにズボン、ネクタイ。来た時と同じです。

 仮にも南太平洋を横断するというのに余裕です。必要なものはエレナのキャリーバッグに詰めたということでしょうか。

 ずいぶんとエレナを頼っている様子です。まあ、自分を殺しに来た連中を瞬殺したのだから無理もない。

 で、手ぶらで清算するといったら、もう殴り込みしかないと思うんです。

 しかも多分エレナの力でやっちゃいます。

 

 ところが、ですよ。皇竜会はもうすでに間宮妹によって襲撃されています。

 あ、復讐の相手を消しやがった。せこいことしやがる。

 なんて思うのは、ちょっと早いです。

 

 間宮妹の描写が終わると、間髪入れずに悪魔の描写になります(こいつらはホテルの外に出られたんでしょうか)。

 ディモナが☆三つになり、悪魔としてのランクが上がった。その理由は「大口契約」がうまくいったから。

 これはきっと、間宮妹と契約したのでしょう。そうでないとわざわざこの描写を入れる意味がありません。

 皇竜会にクズキたちがお礼参りに行ってみたら、組員たちはみんな死んでいて、悪魔の道具を携えた間宮妹が待ち構えている。

 本当の敵討ちはそこから始まる。

 

 という具合で、間宮妹は皇竜会を襲撃したのではないでしょうか。

 

 しかし、身体を直したりは願わなかったのだろうか。あんがい便利なのか。

 

 

 

③クズキはどうしてエレナを魔女と知っているのか。

 というわけでとうとうこの問題です。

 これを解明するために、66DAYSより引用します。兄と一緒に、組の脱出を語らうシーンです。

お前は組の鐘を持ち出して指定の場所で待っててくれ。

もし約束の時間にオレが現れなかったら、その時はお前ひとりで――

 ヴォイニッチホテルは、待ち合わせ場所ではないでしょう。外国に行く前に国内で待ち合わせるのが普通かと思います。

 だとしたら、ヴォイニッチホテルは目的地。

 兄と話し合い、一緒に行こうと決めていた場所。

 それでは、いったいこのホテルで何をするつもりだったのか。

 いろいろ考えられるとは思うんです。お金はあるわけですし、あの島は犯罪の温床。ハッパを売ることもできるし、もっと悪質な犯罪に手を染めることもできるわけです。

 でも彼はそれを選択しなかった。

 初日に熱を出して寝込んでしまったためにタイミングを逃したこともあるし、もともと兄を失ったことによる絶望感に苛まれていたために使う気力がなくなってしまったのかもしれません。

 そして一番の理由は、多分、エレナに恋をしたからです。

 あの観覧車で義眼をはめたとき、エレナは自分の恋を自覚しましたが、あれはクズキにとってのモノローグだったのかもしれません。

 

 いつ魔女と知ったのか。

 

 ……

 

 

 …………いつだよ!

 

 ごめんなさい。正直今の今まで考えていたのですが結局わかりませんでした。

 伝承もあるし、なんか処理するとかどうのこうの言ってるし、そのあたりで勘が働いていたのかもしれない。

 

 

・おわりに

 ヴォイニッチホテルはとても珍しい形の漫画だと思います。

 謎めいているのはここだけじゃないです。もっといろんな場所が複雑に入り組んでいて、調べれば調べるほどこんがらがってくる。

 地は吹き出るし、ハッパは吸うし、骨は砕けて内臓は飛び出すし、バイオレンス。だけど読みにくくはない。むしろどんどん読みたくなって、結局一気読みしてしまった。

 面白かった。二度目も三度目も読み返して楽しめる。そんな本だと思います。