雲に鳴く。

趣味の小説書き、雲鳴遊乃実のブログです。個人サークル『鳴草庵』

真面目に遊ぶ――『ワールドトリガー(11)』(葦原大介)

遊べよ遊真

楽しいことはまだまだたくさんある

ワールドトリガー11巻 P127)

  林藤支部長のこのセリフがとても良かった。11巻で一番好きなシーンだ。あまりにも良いものだから、その理由を含めた感想文を簡単にでもいいからしたためたい。

 

 林藤がこのアドバイスを伝えている空閑遊真は、生まれたときから異世界の戦火に巻き込まれてきた経歴を持つ。戦わなければならない環境の中にいたために人並み外れた戦闘力を得ており、嘘を見抜く能力も相まって、超然とした人物となっている。

 遊真は生き残るための戦いをずっと続けてきていた。それが、作中で行われるランク戦(鍛錬が目的のチーム戦であり、トリオン体というアバターを用いて、施設内に再現した仮想空間で繰り広げられる戦い。負傷しても怪我一つ負わない)について「負けても誰も死なないとこがいい」と言う。

 遊真は人間に敵意を抱いていない。少なくとも最後に登場するヒュースほどには。だけど溶け込めているわけでもなかったはずだ。戦場を離れて、遊びのような戦いに興ずることのできる人に出会た。そのことによる大きな心境の変化が、これまでの物語の経過を実感させてくれる。

 この物語がチーム戦を主としていることも面白い。大規模侵攻編では絶対的に強い存在相手に集団で勝利する姿を描いていた。チーム戦では、強さの目安が大きく変動する。必ず勝てるかわからないからこその面白さがある。ランク戦に入ってからは、命がかかわらないうえに、登場人物たちも概ね同じくらいまともな人たちで、そのためにかえって先が読めなくなっている。

 遊真の名を付けたのは父親だろうか。真面目に遊ぶ。戦場で生きている子どもに対しての名前だとすれば、なんとも示唆に富んでいる。生き死にの掛けることのない戦いが息子にもたらされることが、長らくの夢だったのではないだろうか。そんな気がしてならない。