雲に鳴く。

趣味の小説書き、雲鳴遊乃実のブログです。個人サークル『鳴草庵』

貴志祐介『硝子のハンマー』(角川文庫)

 とても本格的なミステリーだ。これほど真っ向から密室殺人を解きにかかった本は久しぶりに読んだ気がする。

 本格派ミステリーというのはシャーロックホームズの時代から続く、謎を解くことを主題とした物語のことだ。誰が、どうして、どうやっての三つを主に、主人公が謎を解き明かしていくエンターテイメントの形態といえる。とても歴史のあるジャンルなので、ストレートにトリックでミステリーを編もうとすれば必ずどこかで過去に似たものとなってしまう。だから一時期は下火となっていた。

 しかし、日本では90年代に新本格派というムーブメントが起きて、本格派ミステリーに新たな現代的視点を加えてのトリックが次々と創作されるようになった。

 今回の『硝子のハンマー』もどちらかといえば新本格派に属する本だ。取材魔とも称される著者によるセキュリティとビルメンテナンスの描写は、10年前の本とはいえ今読んでも差し支えないほど緻密で、為になってしまうくらいだ。ひとつひとつの可能性を検証していく物語の構成も、謎解きの面白さを存分に味わえるものとなっている。とはいえ、最後に用意されているオチ、言ってみれば「正解」であるトリックは、文系の私でもわかるほどシンプルで、見たことがある人も多いだろう。詳しく読み返したわけではないが、ヒントとなる描写も確か盛り込まれていたはずだ。

 本格派ミステリーとしての構成はもちろん巧い。しかしそれだけでは終わらない。文庫本にして600ページ近くもあるこの小説の、実に三分の一にあたる後半の200ページが犯人を視点とした独白になっており、それだけでも社会派のサスペンスとしてまとめられるほどの内容となっている。同作者の『青の炎』にも近い形で、殺人犯が犯行に至るまでの葛藤が描かれている。ミステリーとして追いつめるはずの相手が、人間味を帯びて、無暗に責め立てられなくなる。それくらい人物が丁寧に掘り下げられているわけだ。

発売されたのは2004年。もう10年も前の小説だが、内容に遜色は無いように思える。あるいは、私の与り知らぬところでセキュリティの事情はより複雑化しているのかもしれない。最低でも鍵穴は三つ、と作中では出てくるが、今ではいったいいくつが推奨されるのだろう。