雲に鳴く。

趣味の小説書き、雲鳴遊乃実のブログです。個人サークル『鳴草庵』

第27回文学フリマ東京、戦利品の読了報告

先日開催された第27回文学フリマ東京の戦利品を読み終えたので、記念に記事を書いておきます。

 

戦利品リスト

作品名と作者名(敬称略)とサークル名のだいたいのまとめです。忘れちゃうともったいないので列挙します。小説には軽いコメントをつけてあります。

・煤煙~浦安八景~

  浦安でスチームパンクというコンセプトが掴みやすい。別記事にまとめたので、気になる人はどうぞ。

・ブランケット

  記憶喪失の青年と見えない少女。一方通行の電車とそこで出会う印象的な人々。記憶というキーワードが謎と興味を生み、無理なく読み手を引っ張ってくれた。

・悲しいときに読む本

「カケラ」

  会話文主体だけど、軽薄な印象はない。中盤で事情が飲み込めてからは、会話を交わすことがある種の切なさを帯びてくる。

「Answer」

  ひとつの約束から始まる、とある少年の半生を描く物語。失敗と反省を重ねながら、一年ずつ着実に時を経る様が面白い。

「水面の月」

  過去との決別、その過程を心の揺れ動きを元に丁寧に描いている。現在の主人公の気持ちが無理なく伝わってきて、切実な祈りが後に残る。

「エール」

  応援をする少年から膨らんでいく物語。アンソロジーのテーマに最も真っ向から挑んでいる印象を受けた。

DAISY CHAIN vol.022

「町子の世界」

 度々読ませて頂いているけれど、文章の端々から豊富な知識が垣間見えて面白い。オチのつけ方にはにやりとさせられた。

「すばらしい日々」

「アノヒト」

 ちょっとしたすれ違いがもたらした空白。軽妙な地の文から主人公の人となりが見えてくるのがいい。

園遊会

 どこに連れて行ってくれるのかな、という不安と期待を綯い交ぜにした感じで読み進めることが出来ました。

「ジョージ・ヌーカス物語」

・感傷マゾ vol.1

徹頭徹尾飛ばしていてとても面白かったです。感傷マゾの定義がこれほど歪んだ性癖だとは知りませんでした。新境地を開けた気がします。

・10L vol.07 特集 「都市」の描き方

「妄想オリンピック」

「妄想ステーション」

スマホを置いて町へ出よう」

 うっかりスマホを忘れたことからどんどん話が展開していく近未来の管理社会の物語。笑ったり考えさせられたりと様々なのに、上手く嵌まっていて良かったです。

「町外れの神様」

 都市の中にひっそり佇む神社を巡る、ちょっとした妖怪もの? みたいな感じで読み始めたのだが、最後には怒濤の伏線回収があって爽快だった。いいね。

「野良猫とエアガン」

 逆転に次ぐ逆転がツボでした。

・トグル・スイッチ

 あとがきに書いてある方だったら絶対会えないってことだから絶望だよな……と思っていたら救いのある感じで終わって良かったです。

・雨街で残響 上

 ダークかつ大人びた雰囲気に主人公の視点の乾いた文体が調和していてとても良かった。他者との隔絶はどのように描かれ終わるのか。下巻を買わなければならない。

・アンソロポエジー

「物語り殺し物語」

 物語たちが織り成す密室殺人事件。早速想像力を揺さぶってくるような設定に苦笑いしつつ、最後の収束には不思議と余韻が残った。

「筐体反転」

 文章の書き手が侵食されている様は視覚的にも面白い。元ネタのようなものがあるようなのだが、これはこれで楽しめました。

「冷凍冷蔵庫」

 このアンソロジーの中では一番のお気に入りです。人間と無生物の一番の違いが最後の一文に凝縮されている気がしてとてもかっこよかった。

「燃える」

 転種という、擬似的に人類の身体を得る技術。深きものと呼ばれる主人公たちは愛を秘匿されていた。彼らが何か得るもののあったことを願いたい。

「フライバイ」

 正直まだ読み解けていないので時間を見つけて紐解いていきたいです。

彼岸過迄

 この作品もしかり。上と下で別の話が展開される構成は初めて見たので面白かった。上が過去で下が未来、なのかな。

「イリンクス」

 あのさあ……

・傘と胡椒 6

「環礁区」

 環礁を埋め、作られた島。そのコンクリートを広げる作業に従事する、とある青年の成長と憤り、現在に至るまで。堅実な筆致で、心情も光景も実感をもって伝わってくる。

「友人の話」

 中学生同士のぎこちない交流を描いていると思いきや、後半の展開は予想していなかったので純粋に驚いた。印象的な痛みによって、不思議と強固な物語になっている。

「カモメと雛星」

 あまりにも自分の感性に合ったので短文で収めるのは無理です。今回の戦利品の中では最も心揺さぶられましたし、泣いたのは唯一でした。こういう作品を僕も書きたい。

「プラン9の残骸」

 北海道の地震の話がもう小説になっちゃうのかあ……というのが最初の印象でした。ほのぼのとしているようで、非日常が傍にある感じが怖かった。

・母校のミステリー研究会の会誌

僕が卒業して、入れ替わりに入ってきた人がもう卒業したくらいでしょうか。たまたま前橋文フリで見かけた縁で買いました。ところどころ懐かしくて良いです。

・アニクリ vol.6.6 続・終物語 総特集号

物語シリーズはいずれ復習するので許してください。シャフ度の考察から始まり、熱の籠もった論評が今回も読めて楽しい。視点が切り開かれる感じです。

・過去からの脱却

ずんばさんの物語を作る姿勢が読み解けてとても面白かったです。いずれずんば氏評が作成される頃には貴重な資料となるでしょう。

 

振り返り

予算の都合上、今回は信頼のできるサークルを狙い撃ちしていったため、のめり込める作品がとても多かったです。

 

その中で唯一の例外である「アンソロポエジー」は、著者のひとりである笹帽子さんが、以前拙作への短評を書いてくださっていたことをふと思い出したので、乗り込ませていただいた次第です。

本格的なSFだったのでとっつきづらさはあったのですが、僕なりに理解しようと読み詰めたつもりでいます。

難しいことを考え続けていると何か不思議な感覚になりますね。身の回りのことが矮小に感じられてくるような。

 

短評の方でも書いたのですが、今回の一番のお気に入りは「傘と胡椒」収録の「カモメと雛星」です。

過去のツイートを漁ったら、ちょうど一年前にも八木沢さんの小説を読んで悶えている自分がいました。もうすっかりファンなのだと思います。

若者の間にある劣等感や、焦燥、そんなあれやこれやが詰まっていて胸が熱くなるんです。

既刊が実家になるのでこの冬に帰省したら読み漁りたい。良い目標が出来ました。

 

「雨街で残響」は転枝さんを前回のテキレボでお見かけしたときに真向かいにいたのを覚えています。表紙に惹かれたのと、ずんばさんの知り合いと伺っていたので外れることはないだろうと期待しました。大当たりでした。下巻を買おうとしてコンビニ払いを選んだのにそういえば忘れてました。近いうちに必ず払わねば。

そのずんばさんの「過去からの脱却」ですが、あとがきを読んでからが本番という感じですね。収録作を選んだ意図がしっかりしているので、どれだけ自己分析されているのか若干こわくなったくらいです。でもこの手法、面白そうですね。自己への影響と作品の傾向をまとめる。いつかやってみたいなあ。

余談ですが年表の始まりがドラえもんの二次創作なのに親近感を覚えました(私が初めて人前に見せた小説はドラえもん×ポケモンで、今もネットのどこかに浮かんでいるぞ)

 

本当は全作品感想を書いてやるぞ! っていう意気込みでいたのですが、「煤煙」と「ブランケット」を読んだ時点で創作意欲に火がついたのでもうダメでした。自分の小説を書きたいです。「煤煙」の感想文は文フリのうちに骨子を作っておいたので書けましたが、他は時間あるときです。まあ、感想文といいつつ、あれは自分の考えや感じ方を見つめ直すためにやっている、完全に自分の為の営みなので、気にすることはないんでしょうが。。。

 

面白い小説がこの世の中に溢れているなあと、文フリ帰りですでに痛感しておりました。この感慨について書こうと思えばあと一万字は余裕でポエムを書けると思うのですが、夜も遅いし、あくまで戦利品に着いての記事ということに留めておきます。

【感想】煤煙(ひざのうらはやお)

第二十七回文学フリマ、会場で友人と会い、どんな本を購入したかという話題になった。

真っ先に手に取ったのがこの煤煙だった。この時点ではまだ読んではおらず、手を伸ばした先にあったにすぎない。

「浦安を舞台にしたスチームパンクらしいよ」

友人は笑ってくれた。説明しやすいのは良いことだ。とはいえ、このときの僕はまだ未読であり、このフレーズは当日ブースにいた作者氏から聞いたことそのままだったが。

 

僕は生粋の埼玉県民である。遠景にはいつも山が連なっていた。大学時代になって初めて千葉県民と接触した。浦安出身者もいたのかもしれないが、東京で鬱屈としているうちに学生生活は終わった。ゆえに浦安は縁の無い場所だ。

スチームパンクとは蒸気機関を中心とした機械文明が発達したという例のアレで、上手いことまとめようとwikipediaを開いたら頭が痛くなったのでやめた。必然的に異世界となる。現代文明とは違う、肥大化した近代技術。この世界とは異なる世界。

縁もゆかりもない土地を舞台とした、今とは違う世界。そもそも今の浦安の状況を知らないのが若干気になったが、差し支えは無かったと、読み終えてみて改めて思う。

 

大三角を望む

通勤途中に市電に乗った男の物語。この市電は大三角線と呼ばれており、大三角とは、かつて存在していた三角州を指している。かつては貝の生産地だったが、工業化により埋め立てられ、すでに失われた場所だ。

大三角のあった干潟にあるのは、工場群と、主人公曰く、理不尽な死と生が、煌びやかな旅籠で繰り広げられている人工島。これらの土地は後の話にも登場する。

鉄鋼業の発達したスチームパンクの世界では工場群と大人の街が広がっている。主人公はただひとこと、地獄とその地を形容する。

市電には主人公の他に女子高生が乗っており、ただならぬ雰囲気を感じた主人公が近くに座する。市電は進み、やがて市電が鼠街に達する前に、女子高生は下車し、主人公はささやかに安堵する。この作品中における浦安の日常を端的に上手く切り取った小編だった。

 

祝砲

境川という、前話の中にも登場した、浦安市内を縦断する川その河岸で結婚式が行われている。主人公は警備をしている市職員。

作中の雰囲気は明るい。元よりハレの日だ。祝福のための号砲であることはすぐにわかる。ただ、その平和がとても珍しいことは、主人公自身が想起していることでもあるし、市職員にまで拳銃が配備されている状況を見るにしても、うかがい知ることが出来る。

精油灯機、活字を打つなど、ところどころに挟まれるスチームパンク的ワードが楽しい。

 

老人と猫

前話がハレの話であれば、こちらはその反対だ。人知れずに、男が一人、境川の中に潜む何者かに引きずり込まれる。話としてはそれだけで、正体も実態も、何が起きたのかさえもわからない。

前話と対になる形で、祝福の場所が一転して、姿のわからない畏れを抱かせる。シンプルであるがゆえに印象的だった。

 

桜の木の下には

都市整備部の職員が昼食を食べている。都市整備部とは先の大三角を望むに登場した主人公と同じ職場だが、関係があるかはわからない。

どうやら新婚であるらしく、快活に笑う仕草などから明るい性格の片鱗が窺える森山と対照的に、主人公は庁舎や社会に対して、地の文のところどころで呪詛を吐く。それでいて、諦観も持っている。自分一人で戦う気はないのだと。

そのような主人公が、最後の台詞を押し隠したのは、僕には照れ隠しのように思えた。

 

夜更けに咲く灰色の花

煤煙内では最も文章量が多く、また単純にストーリーもエンターテイメントのように起伏が激しい。

度々名前の登場する鼠街が本格的に舞台となる。先にも書いたが、夢の国の変わりようは発想からして面白いし、工業化社会の奥地で蔓延る貧困や鬱屈が感じられる。スチームパンクとは異世界だと先に述べたわけだが、この回が最も顕著なのではないだろうか。過剰な発展は人間性の喪失をもたらす。力強い企業の力の裏側で、虐げられる人々がなおさら深みにはまっていく。

サスペンスとしてもよくできているとは思うのだが、それ以前に、作品全体の雰囲気をまとめあげる役割を果たしているようにも感じられた。

 

船底の秋風

船底というのは通りの名前だ。浮ついた世界でも歴史ある街でもない、ちょっとした繁華街。主人公はその通りにある銭湯で働いている。

派手な展開でもないし、羞悪な感情を掻き立てるのでもない。作中の言葉どおり、濁っていく街の中で、唯一の光を見出すお話だ。こんな街も浦安なんだと、そういうことでいいのだろうか。

 

鉄屑

新町地区という工業地帯で働く工員の、とある事故にまつわる物語。

作中では工業化する浦安の変貌にも触れられている。今更だが、このスチームパンク的浦安の風景を象徴しているのが肥大化した工場地帯であることはもはや疑うべくもないだろう。

公務員や、浮世離れした鼠街、繁華街の若者と比べ、このお話の主人公は実直な働き手だ。着実な進展を遂げた街の中で、工員たちは必死に働いてきた。その担い手のひとりに焦点があたり、一時の挫折と再起が描かれる。読み終えてみると案外ストレートで、地に足着いた文体と最も調和していると思った。

 

夏、平成、「あたり屋」

猫実地区の小学生二人組の物語。平成最後の夏という、今年いっぱい創作界隈を賑わせたお題目に目を眇めて読み進めていると、最後の最後で思わず声が出る。この物語はスチームパンクであり、それは必然的に、現実とは異なる世界だ。それでいて、暮らしている人は現実と変わらない。後ろを向く大人もいれば、前を見据える子どももいる。そんなことを思いながらの読了だった。

 

 まとめ

僕は浦安のことを知らないし、作中の説明がどこまで本当なのかはわからない。それでも問題なかったのは、説明そのものが豊富であり、なおかつ適切な場所に配置されていたお陰で物語に没入しながらも頭には行ってきたからだろう。各話は長くても20ページほどでまとまっている。その中で説明をストーリーを同時に展開することは本当に難しい。ページ数からしても、満足度の高い一冊でした。