雲に鳴く。

趣味の小説書き、雲鳴遊乃実のブログです。創作サークル綾月所属。個人サークル鳴草庵代表。

『三日月転じて君を成す』について(前)

2017年ブーン系紅白の話

※自作品のことしか話しません。感想を読みたい人は余所に行きましょう。

 

8月に行われたブーン系作品投下祭り「ブーン系紅白2017」にて、拙作『三日月転じて君を成す』を投下しました。そのことについて書いていきます。

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批判について

好きな小説は何ですかと聞かれたときには割とすぐに答えられるけれど、嫌いなのはどうかと聞かれるとなかなか上手くは答えられない。

もしも質問主の好きな作品を否定してしまったらどうしようとか、そういう後ろめたさからくる感情ではなくて、嫌いな作家と言われて思い浮かぶ人が単に少ないというだけだ。

 

苦手な作品はもちろんある。

高校生の頃に、僕にとっては親しかった人から小説を薦められて、興味深く手に取ったのだけど、それがまたとても合わなかった。世間的にも人気な作家で、作品がいくつも映像化されていたのだけれど、その人の文章を読んでいると頭がくらくらしてどうしても一気に読むことができなかった。

とはいえその作品が嫌い、というのとはどうも違う。確かに読むのは辛かったけれど、口を荒げて批判しようとは思わない。まあ、もうしばらくは離れていようか、って心の中でそっと誓うくらいだ。

実のところ、苦手な作家はたくさんいる。純文学と大衆文学の違いを念頭に置いたとしても、あまりに奔放な描写が惜しげもなく綴られたり、浮かび上がるイメージが綺麗すぎたり作り物臭かったりすると、しおりを挟んで一息つきたくなる。その一息が終わっても続きを読むことになれず、本棚に戻して、次に手に取るのは数年後、なんてことも多い。

数年をおいて読み返したときに、好きになる確率は、今のところ半々だ。二回目に手に取ったときにやっぱり合わないと確信したら、素直にブックオフへと運ぶことにしている。

もう読めないな、と感じた作家は数名いる。留保の作家が十数名いる。憎らしいと思うほど嫌ったことは一度もない。

 

読書の好事家が知識人として誰それの作品を批判するのを真似て、誰それを嫌いだと公言するのは、憧れはすれど、どうしてもできない。それほど真剣に誰かのことを嫌いになれない。読みたくなければ読まなければいいだろうと思ってしまう。

嫌いになるにはエネルギーがいる。ましてその嫌いの本質を調べ、批判を寄せるのにはただいな労力を要する。もちろんただ気にくわないから嫌いだと言ってしまえばすべて簡単なのだけど、先ほども述べた通り、合わないと思った作家が後々になって好きになる例もある。簡単に切り捨てて終わりにはしたくないものだ。

 

そもそも批判の存在意義はなんだろう。

批判という言葉には本来否定の意味合いはない。否定を担当するのは非難という言葉だ。批判には悪いことも良いことも、全てを客観的な分析して曝け出すことを主目的としている。

自分はこの作品が嫌いだ、というだけでは非難にすぎない。客観的な分析を施すということは、思考の中に自分を排斥することを意味する。自分というバイアスを覗いて、作品を説明するとき、何が良くて、何が悪いか。なるべく感情論にならずに語っていけば、真っ当な批判ができあがる。

 

多分僕は、僕の視点をそれほど信用していない。僕の持っている価値観は偏見に塗れている。冗談抜きで思うので、その歪んだ視点で見られた作品を率直に嫌いと言い切ることが恐い。歪んでいるのは僕の方かもしれないのだ。その作品を好きだと言っている人が多ければなおさら、非難できなくなる。ま、ここまでくるとただ勇気が無いだけにも聞こえてくるけれど。

 

 

コンセプトについて

初めて即売会に参加したとき、最も苦労したのは、自作の説明を求められたときだった。

そのときに頒布していたのは、ネットで公開していた作品のうち出来の良さそうなものを寄せ集めた短編集だった。なおさら、どんな作品かと聞かれて、一言で答えるのは難しかった。

作品を手に取りこそすれ、しばらく読み、棚に戻す。軽く会釈して去って行く。同じ事が数回あったので、良く憶えている。改善せにゃならんなあ。

 

その本のコンセプトは何なのか。一言でいいから説明できるようになりたかった。

ところでコンセプトと似た言葉にテーマがある。似ているというよりも、違いがわかりにくい。というかわからなかった。そこでインターネットで検索してみるとますますどつぼに嵌まっていった。僕が観た中では、テーマはあらゆる要素の抽象化で、コンセプトはもう少し広い目標・方策といった捉え方が一番わかりやすかった。

例えば説明を求められてテーマを答えるのは、短文ですむのは楽けれど、結局は詳しい説明を求められることになるだろう。その説明にあたるものがコンセプトだと考えられる。要するに、僕が目指すべきはこのコンセプトを考えることだと思い至った。

 

そこで試しにコンセプトを書いてみたのだが、うまくはいかない。一応据え置いてみても後々に変わってくるし、執筆当初に想定できることはとても少ない。仮置きのコンセプトは簡単に上書きされていく。これもまた、書いてみてからわかるものなのかな、と思ってみたりする。

だがこれでは目標は達成できない。僕は説明できるようになりたかった。説明すべき事柄が、思考を超えたところにあっては、いつまでたっても説明できない。

だから今でも、無理矢理にでもひとまずコンセプトは作っている。紙に書くときもあれば、なんとなく想定することもあるけれど、当初のコンセプトからズレすぎたら、面白みのある文章も削るようにした。

成長したかどうかはわからない。随分と不器用になったとは思う。思えば最初のうちはのびのび書いていた。人に紙の本にして人に見せることを意識してから、自分を変えた方がいいと思うようになった。

 

だからもしも自分の作品が、本当に自分の心を満足させるためだけにあるというならば、これらの行為は必要ないのかもしれない。

裏を返せば僕は自分の作品を人に見せたいと思うようになっている。

いいか悪いか、単純に決めるのは難しい。自分のことなので。

ただ一つ言うならば、即売会に出るようになってから、推敲の時間を想定するようになった。推敲していない文章のまま表にでることがひどく悲しいことのように感じられた。それくらいのことは、成長したと思いたい。

 

『ネットは基本、クソメディア』(中川淳一郎/角川新書)

 出張の合間に、直截なタイトルに釣られて買った。

 黎明期のネットメディアからキュレーションサイト問題、昨今の情勢を踏まえた説明がなされていて、情報量も多く、実際の経験談も多数交えている。タイトルからもわかるとおりクソって言いまくっててなんだか幼稚なイメージがあったけど、内容についてはすこぶる面白かったです。

 別にクソって言っても面白ければ問題ないのだけれど、強い言葉や汚い言葉を使って目を引くのはこの本の中で紹介されているクソメディア、クソキュレーションサイトの常套手段なので、わざわざそれを使う著者の意図はやはりわかりません。目を引くこと? それがダメって話だったじゃん……僕は釣られたわけだけど。

 自分の場合、インターネットを日常的に閲覧するようになったのは2000年代半ば頃からだったので、メディア関係の変遷をおぼろげながらに憶えているのがなおさら良かったのかもしれない。

 本の中では実際に足を運んで情報を得ることの大切さが説かれている。だからこの本で「これが真相だ」と書かれていることも本当は自分で足を運んで確認するべきなのかもしれない。それができないのでメディアを頼る。情報を精査する。盲信はしないこと。

 

 

プロットについて

 物語の筋立てをお勉強する書物は数多くあるし、僕も一時期嵌まっていくらか仕入れたことはある。読めば読むほどのめり込むし、物語のトレーニング法と称して簡易なフローチャートを勧めてくるものもある。当然これもやってみた。百個くらい書いたが、パソコンが壊れたので全て消えた。大した内容ではなかったのが救いだ。

 さて、筋立ての方法をいくらか学んで創作に活かせるものがどれくらいいるのか、僕は知らない。少なくとも僕は、そっちの人ではなかった。時間の無駄とまではいわない(実際小説なり映画なりのストーリーを小分けにして吟味にしてみると面白い発見に遭遇するので、一定の評価はしたい)が、物語を作る上でこの筋立てのとおりにしたいと思っても、なかなか上手くは実行できない。

 筋立ての方法、物語のパターン。それらは既存の作品を分析して成り立っている。裏を返せば、これから自分で組み立てる作品の構造は、よほど強固なイメージを持っている人でない限り、執筆前に想像することすら難しい。

 結果として出来上がった作品を分析してみて、前例を想起することはありうる。だがその作品の影響を意識して書いたのか、それとも書きながら自然と影響を表出したのかは、書いている人にもはっきりとはわからないと思う。

 物語を物語らしくするものに、構造なんていう物々しい言葉は要らない。序破急も起承転結も三幕・五幕・六幕構成も神話のプロセスも二項対立もカタルシスも物語が出来てからの話なので書くときは考えなくて良い。それよりも、物語の初めと最後で何が変わるか、明らかになるかを想像していた方が実用的だろう。外面的変化の一切起こらない作品が多数あることも知ってはいるが、別にこの世の作品を普く包括したいわけじゃないので余所に置く。

 プロットを組みはする。一応の道しるべだ。ルート変更はあり得る。その際にメモでも拵えれば几帳面なのだけど、生憎なかなか上手く活用できていない。お陰で何日も悩んだりする。きっといい解決方法はあるはずだけどなかなか見いだせないでいる。

 ルート変更はほぼ毎回起こっている。プロット段階ではどうも、表面的には成り立っているようでも、実際に書き始めたら目の当たりにする違和感に気づけない。たいていは内面に関することで、ここでその選択をするのはおかしいだろ! と自分の筋書きに突っ込んだりする。まだまだ人間が書けない証拠だ。書き始めないと、直すことにも思い当たらない。

 そんな段階の僕が言うのも頼りないが、プロットを書くうえでは、先ほども述べたように変化を意識している。目に見える変化が起こるところまではひとつのピースだ。ピースとピースを矢印で繋いで、ひとつのシーンを作る。そのシーンがいくつかくっついて物語としている。その変化に付随する感情まで表せたら都合がいい。そう思いつつ、今のところは毎回失敗している。

描写について

 前の文章にあったあの描写の意味は、実はこういうことだったんだ。

 この種の感想を抱かせる物語上の工夫には、布石や伏線などといった名前が与えられる。

 綺麗に伏線を回収していくことは憧れであるし、何らかの工夫が上手くいってほしいものだと願う心境は自然な感情だと思う。

 ところで伏線が回収される物語が面白いかというと、実はそうとは言い切れない。その伏線があること、読者に驚きをもたらすことが、作中にとって何らかの意味を持たなかった場合、工夫に気づいてもらえないか、気づいたとしても白けてしまう。感動とは結びつかない。

 小説を書き始めた頃の僕は伏線を練ることに執着した。

 前の描写が後の描写に繋がるように、物語の要素を逐一炙り出して繋げていき、振り返る形で物語を描いていった。

 その頃の作品に対しても、面白かった等の感想はいただけていたので、無碍に否定はしたくない。労力はかかるが、それなりに見られる作品が出来ていたと思いたい。

 社会人になったばかりの頃、つまりは僕が小説を真面目に書こうと思ったばかりの頃、当時隆盛だった投稿サイトにて厳しめのレビューをもらえる機会があった。早速思いついた短編を即席で練り上げ、提出した。様々なことを書かれる中、最も多く目にしたのが、読んだ後に言うことがない、という言葉だった。一人だけならば無視したかもしれないが、三人はいたので無視できない。そのまま、無味乾燥という意味だ。

 正直なところ想定外というか、言われてみればわかるが気にしたことがなかった。どういう理由があってその描写をするのか。どういう世界を描きたいのかとか、伝えたいメッセージはなにかとか、様々な問題に発展しうるその問いかけをレビュワーの方々はしてくださったのだと思う。

 自分はどうしてその描写をするのか。

 未だに答えが得られているわけではない。即答できるものでもない。数を熟さなければ見えてこないように思われた。だからその年、僕は短編を書き上げることを続けた。即興小説を何十本か書いてみて、あちこちの投稿サイトに投げた。一年もすれば情勢は様変わりしていて、僕がレビューをいただいたサイトはすっかり人がいなくなっていた。新興のサイトも生まれ、飛びつきもしたが、今のところは小説家になろうに落ち着いている。アーカイブとして最も信頼できるサイトだと思っている。

 即興小説を最近は書いていない。前述した年にそれなりに書いて思ったことだが、即興小説を連続して書くと同じような発想が繰り返されることが多かった。そうじゃない人もいるのだろうが、僕の場合は明らかに自分の中にパターンを作り出そうとする心境があった。配役を決めて、トリックを敷く。これでは伏線ばかりに執着していたころと同じだ。何を言われたわけでもなく、ただ単に自分が信じられなかったので、筆を一旦置いた。

 書き上げた短編のうち、人に見せても良さそうな作品をピックアップして紙の本として頒布した。30部刷り、二年かけて完売した。次の短編集をいつか出したいと思いつつ、まだ書き出せていない。

 今にして思えば、何を書くべきか、という問いに拘りすぎていた。意味を持たせるべきだとは悟ったが、その意味を狙って書いても無粋だし、なにより作業間が増す。何らかのストーリーを描く際に、各々の描写が外連味をもたらしてくれる。それが一番の理想なんじゃないかと思う。

 例えば作中である人物の心境を描くとする。ある場面では勇猛果敢だったのに、ある場面では引っ込み思案になっている。その二つだけを引き合いに出せば矛盾しているわけだけど、何らかの事情を挿入することで引っ込み思案になった理由があれば理解が出来る。さらにいえば、勇猛果敢としてキャラクタライズするのではなく、心の機微を描くことで、相反する両感情を同時に抱かせることもできる。もちろん今これは架空のキャラクタを想定しているので、パッと例が思い浮かばないけれど、言いたいことは、描写とは小説について読者への説得力に資するということだ。

 碌な描写がされていないようならば、作中の大部分を読者に想像させるほかなくなってしまう。それでも味が出せる天才はいる。できないと肌で感じている僕なんかは、いろいろと書いた方が良い。意味のある描写、もっと詳しく書けば、小説として、世界観を構築する上で邪魔にならない描写を積み重ねた方が良い。

 描写のバランスは本当に難しくて、書きすぎればくどくなるし、薄すぎれば味がしなくなる。明らかに合っていない描写をついつい書いてしまうこともある。手遊びに書いたときに上手くいくかは半々だ。できることといえば、なるべく早めに書き上げて、推敲しているときに匂いを察知できるようにすることだと今のところは思っている。

小説を書く経緯

 高校一年生のときに森見登美彦の『太陽の塔』を買った。記憶が正しければ、生まれて初めて自発的に小説を購入した瞬間だった。

 自発的といっても、外圧が全くなかったとはいえない。僕の場合は進路指導の先生との面談で、高校生なのだから小説を読んでおきなさいと忠告されたことが発端だった。その人は見聞を広めるという意味合いでおっしゃっていたのだろうが、『太陽の塔』がそのご意向に即しているかは自信が持てない。『太陽の塔』そのものはとても面白かった。小説を読んで達成感を味わったのもこれが初めてだった。

 順番は前後するが、強制的な読書の経験と言えば夏休みの課題図書がある。誰しも経験したことだろう。小学一年生のとき、僕が選んだのは『チョコレート戦争』だった。新・名作の愛蔵版。課題図書は有償で配布されたと思う。夢中になって読んだ記憶がある。一方他の五年間の課題図書で何を選んだのかは憶えていない。いずれにしても『チョコレート戦争』の面白さは越えられなかったと思われる。

 中学生のときは諸々の事情があり、数週間家に籠もっていた時期があった。その頃に読んだのは鈴木光司の『らせん』だった。ホラーと思いきやサスペンス的な要素も盛り込まれており、怖がりつつも引込まれたのだが、やたら描写がねちっこいので途中で断念した。ハリーポッターブームも到来していたのだが、映画との違いを確認するくらいの楽しみ方をしたに留まった。

 こうして描き連ねてみると、読書経験は必ずしも豊富とは言えないと自分でも思う。だがしかし、それならば小説を書き始めたのはいつかというと、実はこれが中学三年生のときなのである。題材はポケモンだった。

 経緯を順序立てて述べる。

 僕は小学生の頃はゲームばかりしていた。プレイングが上手いわけではなく、友達作りに消極的である代わりとしてゲームの単純作業に没頭していた。家族総出のディズニーランドの際にも一日ゲームボーイを睨んでいた記憶がある。碌に外に出て遊んだりもしなかったので、身体は弱くなり、視力も落ちた。見かねた母は僕のゲーム機を親戚に預け、ゲームというものを僕の元から遠ざけた。当時は僕も憤ったものだが、思い返してみるとあのゲーム機の購入費用は全て親の懐から出ていたものであるはずなので、憤る権利など無きに等しい卑小なガキであった。

 さて、ゲームを取り上げられた僕が何をしたかというと、ゲーム機を持っている友達の家に遊びにいった、という展開ならばまだ健全であったかもしれない。実際にはそんなアクティブなことはしなかった。僕が取った手段は妄想だった。それこそ初めのうちは個人的な育成論を頭の中で捏ねくり回す程度だったのだが、次第にストーリーラインを構築するまでに至った。後出しになるが、このとき妄想していたゲームがポケモンの第三世代である。余談だが、この世代は僕がゲームを取り上げられた直後から育成論方面での研究が爆発的に進展した。このときに築き上げられた知識は今なお通用する。もしもこの育成論を知るのがあと数ヶ月流行っていたら、僕の妄想は全く別のものとなっていたかもしれない。

 妄想したストーリーの捌け口は2ちゃんねるだった。小説家になろうもすでに盛んだったのだが、2ちゃんねるの方がすぐに反応がもらえたので快適に感じた。何か不味いことをしても匿名なのでなかったことに出来るという強みもあった。何より居心地が良かった。もっとも僕のしていたことといえば、例えばスレッドが埋まるまで大型アスキーアートを張りまくるとか、人の書き込みにはとりあえず一言を返すとか、自己顕示欲を計るという類いのものであった。コミュニケーションなんてものじゃない。現実で誰とも話していない代わりにインターネット上で勝手にサンドバッグを探していたのだと思う。

 そんな心境で書く小説なので、続かない。反応が無くなればやる気を無くし、批判を見れば匿名で荒らしたりもした。それにも飽きれば本格的に反応が無くなった。そもそも大した見られていなかったのだ。気づいてしまったら拍車を掛けて、何のために書いているのだかわからなくなった。折しも入れるだろうと見込んでいた志望校に蹴散らされていた頃、僕は当時の小説仲間が集うチャットルームに毎晩入り浸り、自分は実は凄いのだと吹聴していた。未だに吹聴という言葉を見るとこの頃のことが思い出される。それくらい見事な吹聴だった。一例を挙げれば、チャットルームに出たり入ったりを繰り返して別人の振りをして遊んだりもした。管理人には一発でバレていたと思う。

 高校時代に小説を読んだ、というのは先ほど述べた通りだ。その後読書体験が増えるのかといったら、そんなにスムーズにはいかなかった。当時はライトノベルブームだったので、友達から『バカとテストと召喚獣』や『ムシウタ』などを借り、楽しんでいたのだが、いつしか読むのを辞めていた。2ちゃんねるまとめサイトをいくつか巡回して、高校生のうちに読めと書かれている本をメモして書店に行ったこともあった。手に取ったのは『罪と罰』で、わけがわからなかった。なんかデスノートっぽいよねと大学時代に友達に話したら呆れられた。思い出深い本である。

 大学受験が迫ると、書くことからも読むことからも遠ざかった。小説を読む意義も見いだせずにいた。受験科目の小説をいくつも見ていたらそう思う人も多いんじゃないだろうか。愚痴はいろいろと抱えていたが、今は置いて、また小説を読み始めるのは大学生になってからだ。手に取ったのは過去の経験から森見登美彦『四畳半神話体系』と『夜は短し歩けよ乙女』で、安定した面白さを誇っていたのだが、その後『美女と竹林』を読んだら急激に熱が冷め、しばらく森見作品に触れられなくなった。それくらい合わなかった。

 他に読んだので憶えているのは宮部みゆきの『模倣犯』だ。他にもあったはずなのだが、何故か思い出せない。あまり記憶に残っていない。

 しばらくすれば大学四年生になっていた。就職活動も終わり、授業もほぼなくなって、することがなくなった。そういえば昔小説を書いていたなと思い出して、関連するイベントを探し回り、見つけたのが文学フリマだった。

 小説を書くことを趣味にしている人が大勢いる。そのことを知ったときの衝撃は大きかった。していいんだ、というのが率直な感想だった。

 とはいえ、この頃の僕はまだ本格的に書く気にはなっていない。せいぜい、これからも文学フリマで面白い本を見つけたいな、と思っていたくらいである。

 話はまた、前後する。

 文学フリマに目をつけたのと同じ頃、見つけたのが、神保町で開催されていた古本まつりだ。古本街が意外と大学から近かったことに驚きつつ、徒歩でこれに参加し、方々彷徨きながら行き着いた書店で四巻セットのある本を買った。これを読むのは、三、四ヶ月後。いよいよもって大学が終わり、社会人になることへの不安がのし上がってきているなか、一抹の達成感を得ようと手に取ったときだ。

 読んだのは、三島由紀夫の『豊饒の海』四部作。

 文字通り、我を忘れて読み耽った。文章で引き起こされている事情に吸い込まれるようにして、熱に浮かされながら先を急いだ。

 論理的帰結とは違う。渾然とした自意識が、気がつけばひとつの方向を差していた。

 感動した。だから小説を書こうと思った。とにもかくにも、それが第一義であった。