雲に鳴く。

趣味の小説書き、雲鳴遊乃実のブログです。個人サークル『鳴草庵』

2020年の読書遍歴

2020年は80冊の本を読みました。

このうち特に印象的だった本について、読んだ経緯や簡単な感想を交えながら、思い出せる限り振り返っていこうと思います。

 

小説
『屈折する星屑』(江波光則/ハヤカワ文庫JA
閉塞感に満ちた廃棄コロニー。死亡遊戯のぬるま湯がぶち破られる喪失と混乱。
苛立ちまじりの葛藤は、果たしてどこまで上っていけるのか。

 

数年前に『我もまたアルカディアにあり』を読んだときの衝撃が大きく、2020年の最初に読む小説作品として選びました。
腐れ落ちていく社会に抗う青臭さも良いですし、秩序という対立軸の強大さも負けていなくて良いですね。

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『ひとり旅立つ少年よ』(ボストン・テラン/文春文庫)

詐欺師の息子の少年を襲う突然の悲劇。
奴隷解放運動が盛んだった19世紀のアメリカ大陸。償いのための冒険は、正義の狭間を駆け抜けていく。

 

数年前に『音もなく少女は』を読んだことからの選書です。
少年の成長譚と主義主張の入り混じる社会情勢を絡めてぶち抜いていくのが気持ちよかったですね。

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『ひりつく夜の音』(小野寺史宜/新潮文庫
ジャズクラリネット奏者の主人公の元に警察から連絡が届く。
何かあったら頼るように、母にそう言われたというギタリストの青年は、かつて主人公が愛した女性と同じ名字をしていた。

 

2019年本屋大賞第2位の『ひと』がとても良かったので、そのことからの選書です。
この人は時間を飛ばさないので凄いんです。ファミレスで朝食バイキングを食べる描写が何ページも続いくのに飽きないのです。魔術ですね。

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猫を棄てる 父親について語るとき(村上春樹文藝春秋
村上春樹が父親について語ったノンフィクション。
中国で戦争をしていた父親と距離がつかめなかったこと、その最期から数年後にようやく父の過去を調べようと思ったことなど、今までにないほど人間臭い著者の姿が描かれている。

 

この作品を読んでから村上春樹に興味を抱き、今年はいろいろなエッセイや対談集を読むことになりました。

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アンダーグラウンド村上春樹講談社文庫)

1995年3月20日地下鉄サリン事件に巻き込まれた60人以上の一般人に、その経験をインタビューしたもの。
ノンフィクションではあるがファクトチェックは一切しない。混乱の最中の証言は矛盾しているが、個人個人の体験の記憶自身を残したいと著者はいう。

上述した村上春樹のエッセイ、対談集からひとつあげるとすればこの『アンダーグラウンド』。矛盾しているものをそのまま載せるのがいかにも著者らしい。
事件についての資料として見るには厳しいが、同じ空間に多様な人間が存在したことを物量(文庫で700ページ以上)で突きつけられる。真実はこうだと定めたところで、それぞれの記憶や傷跡は残り続けるし、今となってはそれらが看過できないほど膨れ上がりもする。

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とにかくうちに帰ります(津村記久子新潮文庫
人間は働く。そしてうちに帰る。
他の誰にも染まらない自分があるために、豪雨になってもうちに帰らないといけない。

 

津村記久子さんの小説は面白いのになかなか読めない不思議な苦手意識があって、克服したくなったので読みました。
短編集のうち、表題作は先にも触れた豪雨の中家にうちに帰ろうとするお話。交通機関(連絡バス)がなくなった橋の上をひたすら歩く様は巡礼のために峻厳な山を行く修道士のよう(修道士って巡礼するのか?)。
例えばただ苦難を避けるための帰宅であれば、豪雨でバスもないというなら帰らない方がいいわけで、それでも帰宅するということは、失ってはいけない何かがそこに存在しているからなのだろう。信条、信頼。ひたむきさ。

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秋期限定栗きんとん事件(上・下)(米澤穂信創元推理文庫
苦い経験から探偵行為をしたくない小鳩くん、何らかの経験から復讐行為をしたくない小佐内さん。二人はお互いの平穏な学生生活のために、恋愛関係でも依存関係でもない互恵関係を結んでいた。
言ってみれば探偵になりたくない探偵と黒幕になりたくない黒幕の二人組。
解いても解かなくても問題がない謎を突き詰めてしまう宿痾。日常ミステリの意地悪な部分を、コミカルさを損なうことなく描いていく。このバランス感覚は本当にすごいですよ。

 

シリーズ第三弾となるこの作品を選ぶのは、三作目まで読んで欲しいからですし、そこまでいったら四作目まで手を出さずにはいられないだろうからです。

www.tsogen.co.jp

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犯罪者(上・下)(太田愛/角川文庫)
白昼の駅前広場で起きた通り魔事件。生き延びた被害者の青年・修司は、知らない男から「10日間生き延びろ」と言い渡される。やがて起こる新たな襲撃、手を差し伸べるはみ出しものの警察官とフリーライター。並行して展開される大企業の思惑。

 

まず目立つのがその知識量。そしてどうしてとなるほどに精緻に描かれる人間たちの思考と行動。ほんの一瞬登場する人物でも、どうしてそのときその場所にいたのかというところまで描かれて有無を言わせない。
そのような細やかな視点を持ち合わせながら、エンターテイメント小説としての勢いは決して殺さない。何がどうなっているんだ……

www.kadokawa.co.jp

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村上龍映画短編集(村上龍講談社文庫)
映画のタイトルを冠した短編集。1970年代初頭、著者の作品でいえば『69』と『限りなく透明に近いブルー』の間の出来事を描いている。
完全に繋がりがあるわけではないし、むしろこの短編集の中でも微妙に繋がっていなかったりする。そのような断片的なエピソードが、闘争の時代が終わったあとの、妙に楽観的で退廃的な空気感を伝えている。

 

名前を出しておきながら、僕は『69』と『限りなく透明に近いブルー』を読んでから随分時間が経っているので、いつか比較して読んでみたいところです。
また、ちょうどこの本を読んでいたときに中上健次の『路上のジャズ』を読んでいたのですが、私は中上健次のことをまだあまりに知らないので、易々と比較するわけにもいかないと思い、名前を出すに留めておきます。

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表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬(若林正恭/文春文庫)
資本主義に支配されているこの社会から逃れるべく、社会主義キューバへ赴いた著者の5日間の旅の記録。
格差社会への憤りから発作的に始まった旅だったが、旅の途中で見たものから次第に自分の考えを広めていく。ひねくれている自我を読みやすくコミカルに仕立て上げているのが魅力的ですね。


この本の解説がDJ松永さんだったので、Creepy Nutsの楽曲を少しずつ聴いているところです。

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twitterでは他にも新書等を挙げたのだが、文量が多すぎるため割愛。
名前は以下のtweetを参照してください。どれもおすすめの本です。

 

 

読書遍歴振り返り
年初に翻訳書を読む流れは2021年にも続きそうです(今読んでる)。
年の始まりは新しいことをしようとして、それが翻訳書に繋がっているんですね。それだけ続けられていないということなのですが。

今年の読書で印象的だったのが米澤穂信の小市民シリーズ。巴里マカロンの謎が2019年に出ていたので、手が出しやすかったですし、読んでみたら期待をはるかに上回って面白かった。
上のあらすじを書いたときも思ったのが、メインとなる二人の人物紹介がめちゃくちゃ書きやすい。わかりやすいことは決して軽いわけではなく、むしろ関係性のおかしみ、楽しみをクリアに伝えることができるんだなあと感心した次第です。
今年一気に読んだので、割と米澤穂信は知っていると言っても良いんじゃないでしょうか? 来年は『王とサーカス』を読みたいです。

 

『猫を棄てる』から始まって村上春樹を読み続けるのも思い出になりました。最初が過去を振り返るエッセイだったので、書いている人が何を考えているのかというのを意識した感じですかね。
ただ、他のエッセイとか対談とかを読むと「何も考えてないんですよ〜」的なことを散々言っていたりしてムカつくのでちょっとしばらく離れるかもしれません。
純文学については上にあげた以外にも文芸賞の受賞作が発表になったときに、その書評をとりあえず読んでみるということをしています。何かにつながればいい。まだ実感はない。

 

全体を振り返ってみて、読書という行為に何かしら意味を求めようとして、少しだけその傾向があるけどまだまだかな、という印象です。どうすればいいんだ? わからん。
あとなんでか小説が全然読めなかったので、来年はとりあえず直木賞候補作を全部読もうと思っています。
来年も良い読書ができるといいですね。