雲に鳴く。

趣味の小説書き、雲鳴遊乃実のブログです。個人サークル『鳴草庵』

【感想】くちびるに歌を(中田永一)

 長崎県五島列島、とある中学校の合唱部。顧問の先生が産休に入り、新しい先生が東京から訪れる。

 NHKコンクールまでの日々を、三年生の子どもたちを主体として送る物語。

 

 中田永一名義の小説は『百瀬、こっちを向いて』以来となります。

 もちろん本名義の方も知っていて、そちらの方には実は苦手意識があるのだけど、これを機にそろそろ手を出しても良いのかな、と思う。

 

 さて、『くちびるに歌を』。

 作中では、合唱曲である「手紙~拝啓十五の君へ~」にちなんで、部員が未来の自分に向けて手紙を書くことになる。

 メインの視点となるのは二人なのだけど、周りの子たちにもそれぞれに悩みがあることは、行動や言動から示される。解決できるものもあれば、生きている限りは逃れられないものもある。

 解説にも書かれていたけれど、自分に向けて手紙を書くと言うことは、今の自分を客観的に見ることでもある。家庭や環境のしがらみを離れ、自分自身のことについて考える。その孤独な作業と、合唱という、決して一人では成立しない行為が対置されている。物語当初から読み進めて、各個人の悩み、個性がわかってくると、同じ歌を同じ旋律で歌うことの難しさが改めて感じられる。彼ら一人一人は、決して一緒くたにはできない存在なのだから。

 

 もうひとつ触れたくなるのは、やはり構成力の巧さ。

 誰を助けたり、支えたり、勇気づけたりする。無意識のうちということもある。どうしてそのようなことをしたのか、説明のないこともある。

 他人の心のうちはわからない。誰もが手紙を見せてくれるわけではないのだ。

 だけどもしもわかりあえたとき、誰かにとって自分の存在が必要だったと認識できたとき、自己の存在意義を疑っている者にとって、その事実はどれほどの救いとなるだろう。

 

 最後になるけれど、作中に登場した五島列島出身の美術監督山本二三さんですね。

 遠い場所の景色だと思ったら、実は何度も見ている空なのかもしれない。作品とは別のところで、ロマンを感じたりもする。