『三日月転じて君を成す』について(後)
2017年ブーン系紅白の話
※自作品のことしか話しません。感想を読みたい人は余所に行きましょう。
後半です。
転じた三日月の痣について
身体入れ替わりのトリックはいずれ曝かれなければなりません。
すぐに思いついたのが痣です。三島由紀夫の『豊饒の海』シリーズしかり、入れ替わりや転生物の定番ですね。
痣の形が星だとジョースターさんになってしまうので、他のを検討。結果、形としてすぐに視認できるという理由で三日月を選択しました。
いつごろ転じたのかははっきりとはわかりません。そういう意味では、見た目にわかりやすいという以上の意味は籠っていないですね。
さてこの痣、投下した作中ではうなじにありましたが、当初は別の場所にありました。
どこかというと、腰の裏側です。うなじよりずっと気づきにくかったことでしょう。
腰の裏側を見るような状況は、まあ間違いなく服は脱いでいますよね。
つまりこういうことです。
当初のプロットではこの痣、濡れ場で判明することになっていました。お相手はでぃさんです。
今まで真面目に書いたことはなかったので、挑戦してみようと思ったわけですね。
執筆を始め、七月も後半に入り、僕は第三話を書き始めていました。でぃさんとタカラはデートしてお互いの欠点を見つめ合い、なんやかやとタカラの部屋であれこれする、そんな心づもりでいました。
ところが、電車の中で手を繋ぐシーンを書き始めたとき、でぃさんの行動がやけに色っぽくなりました。
これまででぃさんを扱ったことがなかったので気づかなかったのですが、でぃさんは存在からしてエロいのです。
悟ると同時に行為シーンを書く必要性が感じられなくなり、その後の展開を変更。
繋がりを示すよりは、どうしてもわかりあえないところを出した方が面白そうだと考え、投下作品のようなストーリーとなりました。
それと同時に、三話だけが妙に情感を仄めかすテイストになり、一話、二話の初稿にあったアクション要素と怖ろしく不釣り合いとなってしまいました。
悩んだ末に、一話、二話の一斉書き直しを敢行。外面の派手さを削った結果、ハローやエクストといった敵の存在や、悪魔デレのような不思議な力の具現化mの不必要に。
ついでに部長のモララーは完全に消滅し、ジョルジュが新しい劇団を立ち上げる設定となりました。
このあたりはそのとき参考になるかと思って読んでいた又吉直樹の『劇場』の影響とみてまず間違いないでしょう。あんまり参考にはならなかったけど。
新しくプロットを起こしたのが七月末。書き始めが八月一日。
この物語のヒロインはでぃさんなんだ、という意志のもと、ストーリーを組み立てることとなりました。
途中でつっかえたら多分間に合わなかったのですが、タカラとでぃさんとの確執のためにタカラの善性を低めたことで、お話がよく回るようになりました。でぃさんさまさまです。忙しくはなったけど、結果的にはよかったと思っています。
投下方法
旅先のホテルの中で熱中症にうなされながら執筆したり、コミケ会場でブースに居座りながら執筆したりした結果、投下開始時期までには四話まで完成稿ができあがりました。
一話ごとの分量が五〇レスちょっとでしたので、一分間隔で投下すれば余裕を見ても一時間少し。ちょうどドラマを見る感覚で楽しんでいただけるんじゃないかと推測しました。
演劇をテーマに扱っていましたので、時間には気を配ることに。まず、一レス目のスケジュール設定は必須。劇場で配られるパンフレットをイメージし、臨場感を上げる目論見です。
一話ごとの区切りは幕のイメージです。AAでもよかったのですが、個人的にくどく感じたので、開幕の文字を間に挟むことで視認性を向上させました。
ちなみに区切りの長さは、僕のiPhoneで見たときの横幅とぴったり一致しています。スマートフォンからの読みやすさを上げるべく、各レス内の文字数はその長さの二倍以内に収めることを目標に掲げました。
本当は幕の長さ以内に収めたかったのですが、自分の語彙力、技術力では至りませんでした。短文で回せる作者が羨ましいですね。
当初は書くかわからなかったエピローグも、投下中に書き上げました。ラストに月を持ってくる発想が思い浮かんだので、途中で三話、四話にも三日月等のAAを挿入。ちょうど三日月の形を視覚でわからせる形になりましたので、良くなったのではないかと。
最後の最後を閉幕で締めることは想定済み。
タイトルを最後に右下に付記したのは、やっぱりドラマのイメージです。
分割投下であることから長さによる読みづらさを考え、投下形式と文体には気を配りました。まさか投下時期前半に分割投下作品が山ほど投下され、結果分割投下そのものが倦厭される自体になるとは思ってもみませんでした。
長さも100レスが分水嶺として捉えられていた見たいですね。開く前にレス数で後回しにされる感じですか。いやはや想定外。そこまでの配慮は思い至らなかったです。
まあ、これも天命ですね。
文体、及び初稿試し置き
最後になりますが、文体については意識して長文、特に筆が滑った文章を避けました。
僕の作品に寄せられる感想をみると、割と筆が滑ったところで独自性を感じられている方が多かった気がしましたので
そのような箇所を全て消してしまえばどんなものになるか、どんな感想が寄せられるかを待ってみました。
目を引く作品とはならなかったものの、いただいた感想の中には人物造形へのお褒めの言葉を頂いたりしたので、個人的にはとても嬉しかった。同時に筆が滑らなくてもちゃんと物語が書けていたとわかりホッとしてみたり。
筆が滑るって良い面と悪い面がありまして、独自性はもちろん生まれるものの、作者が物語を把握し切れていないことの証左にもなりうるのです。どちらか一方に偏るのは、安定した執筆を妨げる。筆が乗らないと書けないというのは、甘えでしかないと思います。
とはいえ初稿は筆が滑ってもいいと思ってガシガシ書いていました。とにかく下地をつくっておきたかったんですね。そんな初稿を試しに置いて、この記事の締めといたします。
内容は一話の途中から。最初の設定なのでいろいろと相違点もありますが、特に文体がどのように変わったかを見ていただけると楽しいかも。それでは、以下本文。
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何が起きたのかというのを冷静に説明できる奴は全員どこか作為に満ちている。
本当に大変な目にあったときには冷静になんて到底なれない。
後に得た知識による補強があって初めて伝える上で支障が無くなるというわけだ。
だからこれから説明する、俺の身に何が起きたのかという一連の経緯は
当時の俺の憶えていることを後々の資料や証言を付き合わせて形作られたものだ。
本当にそんなことが起きていたのか、突っ込まれると答えにくい。かといって他人に信じろと強要するのもおかしい。
この文章を目にしてくれたあなたには、これもご縁だとおもって、しばし奇妙な物語に付き合ってもらいたい。
事の始まりは火の海だった。
××17年三月末に、N県から首都高へと続く高速道路上で起きたタンクローリー横転事故が原因だった。
その事故現場がオイルと煤まみれで息も絶え絶えになってしまう光景だったことは俺もよく憶えている。
何せ俺はその炎のまっただ中にいた。玉突き事故となった20台の乗用車のうちの1台だ。ちなみにレンタカー。補償は利いたがそれでも痛い出費だった。
折れ曲がったバンパーに砕け散ったフロントガラス。前に横たわっていた普通車はワゴンタイプで、俺のは軽自動車だ。相手にならなかった。
ひしゃげた車体の中には誰もいないように見えた。しかしそんなわけはなかったのだ。俺の隣の座席には親しい女性が座っていた。
高校時代から一緒の学校に通っていたが、話すようになったのは大学生になってからだ。丸々三年間を一緒に過ごし、他の人よりは近くに感じられるようになっていた。
それなのに、そのときはどこにも彼女が見えなかった。
(#,,^Д^)「キュート!」
何度も叫んでいるうちに灰が喉でやられた。皮膚も爛れて、頭がおかしくなるくらいの痛みが全身を覆った。
身体中が熱を帯びている。それがわかっても、俺は彼女、キュートを探し続けていた。
レスキュー隊が俺を見つけるのは事故から一時間後だった。たった一時間の間に俺は多くのものを失った。
全身の火傷によって皮膚を失ったのがひとつ。そしてキュートという存在がまたひとつ。
事故現場はN県の南端で起きていて、管轄としてはN県のものだった。しかしN県の病院だけでは負傷者が扱いきれず、隣県の市にも協力を仰ぐこととなった。
俺が搬送されたのはG県の市立病院だ。入院して二週間後に顔の包帯が解かれるまで、俺はそのことを全く気づかなかった。
医者は俺を診てまず奇蹟みたいだと言った。およそ医者が言う台詞とは思えないが、どうやら回復速度が尋常じゃなかったらしい。
体質的な強みだろうか、などと何事かを呟いていたが、二十一年間生きてきてそんなことは考えたこともなかった。
火傷の患者ということもあってか、医者も看護師も俺になかなか鏡を見せてくれなかった。
視界の端でも包帯だらけの身体は確認できたし、何もないならば包帯など巻くはずはない。いずれわかると思っていても覚悟は必要だった。
顔の包帯を外したのは、30代の看護師だった。包帯の隙間から外の眩しい灯りが見えて、その人の顔が見えた。強張っていた。それが全てだと思う。
数年前に『Wonder』という小説が読書好きの話題に上り、小学校の夏休みの課題図書になったりしていた。
特別な顔を持つ少年の物語だ。きちんと読んだわけではないが、周りの人が驚く描写だけがあり、その顔がどんな顔なのかは明かさないのだという。
教えてくれたのはキュートだった。
o川*゚ー゚)o「面白そうだし、やってみようよ」
この場合のやってには『演って』とつけるのが正しい。キュートは演劇サークルに入っていた。彼女のための脚本を俺が書くことも多かった。
( ,,^Д^)「いや、どうやってだよ。顔見えねえんだぞ」
o川*゚ー゚)o「創意工夫! なせばなる!」
ごり押しにごり押しを重ねられているうちに気分が昂揚して十ページほどのシナリオを書き上げた。
実際に演じてみれば五分ほどの寸劇だ。顔が見えない問題については、主人公の特徴を生かし、観客席からの支点を主人公と見立てることでクリアした。
発想は悪くなかったと個人的には思っているが、舞台に上がる人々がしょっちゅう観客席に向って驚いたり引いたり小言を口にしたりするのが悪感情を招いた。
加えて俺が粗筋しか知らないこともわざわいして読書家の方々からお叱りのお言葉、おメールを山ほどいただいた。
全員俺が親でも殺したかのように殺気だった文章を書いて寄越してきた。そういう物語じゃねえからしねこらくそかす。
絢爛たる罵詈雑言の数々には怯える前に舌を巻いた。よくまあそこまで恨めるものだ。
なんにせよ『Wonder』の寸劇は不評を買い、定期的に公演する予定も白紙に戻った。調子が良ければ発展した形を文化祭で発表する予定だったのだがそれも立ち消えになった。
もっとも発展系といって何をしたらいいのか何も思いついていない頃だったので返って良い結果だったのかもしれない。
『Wonder』にまつわるあれこれを思い出しているうちにもう一週間がたち、俺の手足からも包帯が解かれた。
解放された身体は筋肉が衰えて骨張っており、色もやたらと白いので白骨化でもしたのかのようだった。
顔はまだ包帯が巻いてあった。鏡は見ることを許可されたが、しなびた自分の身体がベッドに横たわっているのを見ても碌な気分にはならなかった。
歩けるようになるまで回復しなければならないため、
看護師さんと連れだってリハビリルームへ行き、手摺りに寄りかかってよたよたと歩いた。
無理をすると布製の人形みたいに皮膚が裂けそうだった。
破いたらビーズが飛び出すのとは訳が違う。
第一痛いのでしょっちゅう休んだ。
そうこうしているうちに、さらに十日ほどの時間を置いて、俺の包帯は完全に解かれた。
鏡で見た俺は眼窩が落ち窪んでパンダみたいになっていた。丸い耳のない、骨張ったパンダだ。動物園に現われたら可愛がられる前に不審がられて射殺されそうだった。
多分俺は体力がごっそり抜け落ちているので虫取り網でも簡単に捕まえることができただろうけれども、猟友会にそんな言い訳は効かないだろう。
慣れない身体に慣れない顔。顔が包帯だった頃の方がまだ動きやすかったかもしれない。
自分の本当の姿を知らなかったならば、以前の自分をそのまま適用できた。見えてしまえばそんな気楽さはない。
痛々しい傷痕が見え隠れしていて、ああやっぱり痛いんだと納得する。
気落ちしながらもリハビリを続けて、どうにか歩行器いらずにロビーまで歩いて行けるようになった。
ロビーには行き場のない入院患者たちが屯していて、ソファに腰掛けたり将棋を差したりストレッチをしたりと思い思いの活動をしていた。
中でも一番視線を集めていたのは大型テレビで、俺が初めてロビーに訪れたときにはちょうど事故のニュースが鳴っていた。
どうしてあの事故は起きたのか。一ヶ月なので振り返る。そんな筋書きだ。取材班はN県の近隣住民に聞き込みしたり大学教授にお伺いを立てたりして情報を集めていた。
過重積載、長時間労働、道交法違反。多くの原因が様々な角度で語られていた。意見を出しやすい題材だ、くらいに考えていたのだろう。コメンテーターも心なしか生き生きとしていた。
患者の側から、次第にテレビのチャンネル変更を求む声が集まってきた。実際には求むとまで言い切れず、まわせこらぼけかすくらいの口調だった。
事故のニュースを見たくないのだろう。喚く男は大抵まだ包帯が取れ切れていなかった。俺などは火傷で済んて゛まだ優しいほうだったらしい。
これからは大事に生きなきゃな、などと殊勝なことを思い、勝手に恥ずかしがっているうちに、六人部屋の病室の扉が勢いよく開かれた。
(,,゚Д゚)「タカラぁ! 無事かぁ!」
( ,,^Д^)「叫ぶなくそ親父」
(ここまで)