雲に鳴く。

趣味の小説書き、雲鳴遊乃実のブログです。個人サークル『鳴草庵』

【感想文】怖さと可笑しさのうらおもて――『夜行』(森見登美彦)

「どうして夜行なんだろう」

 私が呟くと、画廊主は微笑んで首を傾げた。

「夜行列車の夜行か、あるいは百鬼夜行の夜行かもしれません」

 

 

 十年前の鞍馬の火祭、英会話スクールの仲間の一人が失踪した。何一つ手がかりは残されておらず、虚空に吸い込まれたかのように彼女は消えた。

 十年後、東京で会社勤めをしている「私」こと大橋は、英会話スクールの仲間と一緒に鞍馬の火祭を見物しに京都へ赴く。待ち合わせの時間までを潰す途中、懐かしい感じのする背中を見る。ちらりと見えたその横顔は、失踪した長谷川さんにそっくりだった。

 彼女に連れられて入ったのは「柳画廊」開催されていたのは「岸田道生個展」だった。銅版画家である岸田が残したのは「夜行」と呼ばれる四八作の作品群。鞍馬、尾道奥飛騨津軽天竜峡・・・・・・日本各地を舞台としたその作品は、天鵞絨のような黒の中に、顔の無い白い女性がいるという共通点を持つ奇妙なもの。長谷川さんに似た女性を探すものの、画廊はそんな女性は知らないと言う。

 やがて再会した英会話サークルの面々。岸田画家と「夜行」の話を振ると、なんとみなその作品群を見たことがあるという。やがて彼らは一人、また一人と「夜行」にまつわる不可思議な経験談を口にし始めた。

 

 私にとっては数ヶ月ぶりの森見登美彦。作品の雰囲気は、随分意外に思える。でも不可思議な現象や独特なキャラクターは健在。それなのに怖い。十分に怖い。思うに、奇妙な人々が織りなす奇妙な物語が面白かったのは、それが面白いと思える雰囲気の中にあったからなのかもしれない。面白さと怖さは実は元々表裏一体だったのかもしれない。

 

「さあね。僕らはどこにいると思う?」

 岸田の声が遠くから聞こえて、自分を包む闇がふいに広大なものに感じられた。

「この闇はどこへでも通じているんだよ」と岸田は言った。

 

  人は夜にしか動けないけれど、夜にもたしかに世界が広がっている。むしろそちらこそ本当の姿なのかもしれない。

 

夜行

夜行