【感想】ふしぎ荘で夕食を~幽霊、ときどき、カレーライス~(村谷由香里)
出来たての料理は、どれだけ簡易なものでも結構美味しくなる。
それが、自分が自炊生活を始めたときにまず驚いたことでした。
だったら朝食と夕食は全部手作りといきたいところだけど、時間も取れないし、料理すること自体にそこまで情熱を注げない。
結果としてスーパーのお惣菜やレトルト食品が増えてきて、電子レンジで温めて済ませてしまう。添加物とか気になるけれど、仕方無しと目をつぶる。
時々口にする手作りの料理は、かなり美味しく感じられる。そこに掛けられる手間暇を思うとなおさらです。
柔らかさも、頬張るのにちょうどよい大きさも、食べやすくするための工夫です。
だから、手の込んだ料理はどれも優しいといえるのでしょうね。
さて、『ふしぎ荘で夕食を ~幽霊、ときどき、カレーライス~』
とても優しい話でした。
タイトルにもあるとおり夕食、料理がメインになってくるわけだけど、どの料理も自分のためではなくて、誰かのために、誰かと一緒になって食べることを目指して作られている。温かい気持ちになりました。
もうひとつタイトルにある幽霊も、とても重要な要素であって、作中の世界観を不思議な方向に広げているのだけど、料理を作ること、与えることという軸がしっかり据えられているから安心して読むことができました。
へえ、幽霊なんだ。でもとりあえず一緒にご飯食べようか、みたいな。
不思議な現象も悲しい事実も受け止めてくれる。そんな物語全体の優しさが、つまびらかに描写される料理や食事に凝縮されていましたね。
村谷さんと言えば、第27回文学フリマ東京で『ブランケット』というオリジナル作品を購入、読ませていただいて、そのときの感想を記事に……と、引用したかったのだけど見つからない。書いてなかったみたいです。とてもいい話だったのに……
ということで引用なしで書くのですごくふわふわしちゃうと思うのですが、この『ふしぎ荘で夕食を』と『ブランケット』には通ずるものがあるように感じました。
それはとある切なさ、ネタバレにならない範囲で言えば「今という時間がいつまでも続くわけではないこと」に対する切なさで、これは学生時代を通り過ぎた人ならば多くの人が感じうるところなのかなと思います。
なるほどこういう作家さんなんだな、と判断するにはまだちょっと、もうちょっといろいろな作品を読んでみたいところですが。
年代も出身地も趣味嗜好もまるで違う人たちが集まる、大学生活という特殊な時間。
これだけでも、数年前に卒業してしまった自分としては感じ入るものがあるわけですが、
その大学生活の更に一瞬、とある"最後の夕食"の場面に、この切なさがこれでもかというくらい凝縮されていました。
二度と同じ時間はこない。
そんな時に作る料理に、どのような想いを込めれば良いのだろう。
作中の登場人物たちが編み出した答えは、是非、皆さんで見届けて頂ければと思います。
総じて、優しさと切なさに織り成された物語。
美味しそうな描写に魅せられながら、読み耽ることができました。面白かったです。