雲に鳴く。

趣味の小説書き、雲鳴遊乃実のブログです。個人サークル『鳴草庵』

【感想文】イリエの情景~被災地さんぽめぐり~ 3

第1巻を読んでから、イベントの度に続巻を購入し、積ん読しておいた。それをようやく読み終えたので、ここに報告する次第です。

 

シリーズを通して「被災地青春ロードムービー」と伺っており、第1巻はロードムービー、第2巻が被災地、そしてこの第3巻が青春に相当するのだとのこと。

この話を最初に聞いたときは、第3巻は小話というか、被災地を巡るお話を一段落させてわいわいやるのかな、なんて思っていたりもしました。甘い想像でしたね。なるほど青春は苦いものでもあるのだなと思い知らされた感じです。

 

内容について入る前に、被災地文学について少し。

東日本大震災の直後から、様々な作家が自分たちの目的意識を持って所謂被災地文学を送り出してきました。僕が最初に、そういうものだと意識して読んだのはいとうせいこうの『想像ラジオ』だったかと思います。

あの災害を前にして、改めて人のあり方を問う。そのような文学が一挙に広がったことは当然のことですし、作家毎の特徴もまたあるのだと思います。

思います、と書いてしまうのは、有り体に言えば自分からはあまり読もうとしないからです。前面に震災のことが押し出されていると、何だかそれをウリにするような扱い方に引っかかりを覚えてしまう。だから、作家毎の特徴というのも、そうであってほしいという願望が込められています。そうでなかったら気持ち悪いよ。

 

さて、『イリエ』です。どうしてこんな流れにしてから内容に入るんだ、なんて思われそうなんですが、入ります。というのも読み通して思ったのが、被災地というカテゴリーを脱却するお話だと思ったからです。

イリエとミツバが歩く場所は東北で、被災地だという事実は切っても切れません。蔑ろにはできない事実を前に、凄惨な爪痕や、復興の様子、当事者の方々の仕草や考え方の片鱗、そして部外者との絶対的な違いなんかを感じとったりする。

行動力でイリエを圧倒するミツバは、東北を知ろうとして豊富な知識を得ています。自分が部外者である土地に接近するために。それが、仙台市街篇では酒の酔いもあってか初めて本音を漏らします。前後しますが、第3巻の比較的早い段階でイリエがミツバの手記を見る場面があり、ミツバの感じている焦燥が第3巻全体を貫いています。

知ろうとしても知ることが出来ない、近づくことを阻む見えない壁。いくら知識を溜め込んだところで、どうしても当事者になれない虚しさのようなもの。

 

被災地という呼び名は当然震災に端を発するわけで、カテゴリーです。カテゴリーとは何かというと、ものを区別し、扱いやすくするための道具です。

ひとつひとつの壊れた街をまとめて被災地と呼ぶことで、たとえ地震と縁の無かった人でも、その被害をイメージすることができるわけです。宮城=被災地=街を壊された凄惨な土地、みたいな感じですね。

カテゴリーを支えるのは知識です。知識によってイメージはより具体的になるが、同時にそれは客観的になるという意味では、距離を生み出します。

数字や文献、知識として蓄えたものは、確かにその土地を表現している。具体的なイメージは余計な偏見を打ち破る。しかしそれは、土地そのものじゃない。遠くから見た風景を、たとえばただの草や木、山などと読んでいたそれを具体的な名称で解説できるようになっただけ。

ミツバが感じた違和感はこのようなものだったのだと思います。

 

対置されているイリエが何をしたのかというと、これが実に巧妙で、最初の最初から示されています。情景、と。知識でもなければ景色だけでもない、人の目を通して湧き上がってくる気持ちをイリエは無自覚のうちに口にしています。

過去の回想で、景色に感動したイリエが思いつきで歌を口ずさむ。それをミツバが尋ねると、特に理由はないと答える。だから、ミツバはイリエに興味を抱く。イリエの感覚が自分にないものだと察したのだと思います。

 

ということで、仙台市街篇はお互いの胸のうちを明かす、爽やかな形で幕を閉じます。

まさしくイリエとミツバの旅の終着点として相応しい形で、まだページ数があるのは何をするのだろうとちょっと首を傾げたりもしました。

 

読んだ人にしかわからないことだと思うんですが、僕は不意を突かれました。まさかと思いつつ、登場はしないだろうと思っていました。

でも振り返ってみると良い構成だなと思います。二人だけの旅に、別の視点が加わることで、物語に広がりが生まれた。これからの旅や、元に戻ってからのこと、さらには将来まで見通せる構成になっていました。

 

旅は必ず終わりを迎えるもので、多くの旅物語も、その非日常が終わってしまうことに一抹の寂しさを抱かせるものだと思います。

その点、『イリエ』はまた別の視点を設けていますね。確かに旅は終わった。非日常は日常に戻る。でもまた、数年に一度でもいいから、非日常が来ればいい。

思っていた青春とは違い、苦いものもあるけれど、前向きな終わり方にはどこか鼓舞されるような強さがありました。面白かったのでお薦めですよ。

 

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