【感想】新世界より(貴志祐介)
例によって積ん読消化。
「お、『新世界より』買ってたんだ~、読も~」
と上巻を手に取ったのが昨日の朝だった。
出かけている途中で中巻、下巻を購入し、読み終えたときには今日の日が暮れていた。
買った経緯については憶えていない。
何か長めの小説を読もうとした時期でもあったのか、上巻だけが転がっていた。
内容については、SFだということ以外はほとんど知らなかった。
貴志祐介といえば僕の中では『青の炎』の人なので、ミステリだったりホラーだったりSFだったり、何でも書く人なんだなと思ったくらいである。
昨日ちょっと調べたのだが、貴志祐介は大学在学中に小説を一編書き、未完に終わったのを、社会人をしながら書き上げてSFの賞に投稿し、佳作に選ばれた。
その作品こそが『新世界より』の原型である。海外のSFなどを参考にして作り上げられた、原稿用紙120枚足らずの作品だったらしい。
賞は得たものの、デビューするには至らなかった。
その後、生命保険会社を辞めた貴志祐介は、諸々の反省から、自らが体験した恐怖を元にホラー小説を仕上げ、当初の希望であった作家としてデビューを飾る。
そのときの恐怖の体験とは、具体的には、保険金を手に入れるために自らを傷つける行為だったとか、どこかのインタビューに書いてあった。
貴志祐介の作品をそこまで読んでいるわけではないので、この体験というのがどの程度他の作品に影響しているのかはわからない。
ただ、こと『新世界より』に関しては、この体験が下地にあることは十分納得できる話だと思う。
『新世界より』は今から1,000年後の日本を舞台にした物語だ。町に暮らす人間たちは、みな呪力という念動力を持っており、物を自在に操ることができる。この力があることで、科学技術は不要となり、平和な生活を維持していた。
子どもたちの視点で描かれる未来の世界は、牧歌的でありながら、言いようのない不穏な空気を帯びる。
町を囲う結界、その外側にいるという悪鬼、業魔などの存在。人間に付き従う醜いバケネズミたち。極めつけは、学校のクラスから人知れずいなくなる同級生たち。しかもそのことに、主人公たちは一切疑問を抱かない。どういうわけか、記憶の底から抹消されてしまうのだ。
やがて主人公たちは、過去の世界の知識に触れることとなる。
この異様な世界(最も、異様であることは初めのうちは読者にしかわからない。そしてその事実こそがこの作品の肝となる)の謎に触れ、真実を求め始める。
設定は壮大でありながら、扱うテーマは人間の内面の闇に徹底している。もっと突き詰めれば、人間の底知れない悪意が随所に見え隠れしている。
社会体制や周りの環境、思想などによって、人は簡単に命を軽視できる。自分の命を賭して戦うことも、また相手を容赦なく抹殺することも、本質的には同じことだ。
呪力という、絶対的な力、他の生き物との違いによって、人は生物界の頂点に君臨している。堅牢な防衛機能を構築して、平和を作り上げている。
具体的には、人に危害を加えれば、自分の呪力が暴走して死に至るという愧死機構。そして徹底した性善説、人は人を裏切らないという教育が施されている。
しかし、物語を読み進めれば、その欠陥は自ずと浮き彫りとなってくる。
呪力を持つ者同士は絶対に殺し合うことができない。このことは翻せば、そうでない者はどんなことがあっても決して心を許せないことになる。裏切らないという保証がないからだ。
作中でいえば、バケネズミという生き物がその対象となる。
人に使役されるこの生物が、実は人を裏切るんじゃないかという疑念は、物語の最後の最後まで絡んでくる。
別に主人公たちが疑り深い性格というわけじゃない。彼らが人じゃないから、決して信じるわけにはいかないのだ。
逆に、同族である人に対しては、同じような疑念は浮かばない。僕はこちらの方がとても怖いことのように思えた。人は味方であり、それ以外は敵であるという刷り込みが、当然持つべき疑念を消してしまっている。
この構造はただのミスというよりは、やっぱり計算されているように思う。敵への同情を見せる主人公は多少なりまともに見えるのだが、やはりどこかしら、偏っている。
最後の最後、祈りのように書かれたメッセージがせめてもの救いだろう。
印象的なシーンは多い。そして、決して明るい話ではない。
人はどこまで残酷になれるのか、それを見せつけられる思いでした。
悪意の根底に迫る良作、時間を費やして良かったと思えるくらい満足でした。