雲に鳴く。

趣味の小説書き、雲鳴遊乃実のブログです。個人サークル『鳴草庵』

【感想】ノエル―a story of stories―(道尾秀介)

人間は誰もが悪意を持ちうる。

道尾秀介さんの作品を読むと、いつもこの感覚がまとわりつく。

物語だとわかっているのに、不穏さに胸が締め付けられる。環境や精神の変遷をうけて、人間らしさをつかさどっているはずの理性がくるりと真っ黒に染め上げられる予感がある。

 

人間が平気で街を歩けるのは、周りの人間が自分を襲ってこないという信頼があるからだ、と昔どこかで聞いたことがある。

人を殴れば自分にも罰が巡ってくるとわかっているからこそ、たとえ気にくわない人がいたとしても、そう簡単には手は出ない。ましてどうでもいい他人ならばなおさらだ。

道行く人も、自分と同じように、他人を襲わないだろう。その信頼があるからこそ、雑踏の中でも僕らは発狂せずにすんでいる。

だけど、もしも周りの人が、人の形をした化け物だったら?

道尾秀介さんの作品を読んでいるときに感じる怖さは、これだと思っている。

 

ノエルについて。

いくつかの童話を巡る、三つの物語。結びつきはあるものの、それぞれの話は独立して成立している。

人の悪意を垣間見てしまった少年。悪意を感じとり、また自らも悪意に染まろうとする少女。終の時を自覚して人生に、物語ることに幕を引こうとする老人。

読み手を絡め取り、引きずり込むことはいくらでもできたのだと思う。この作者であれば、なおさらそれは容易かったことだろう。

だから、巻き起こる奇跡の所業には少し唖然とさせられる。

 

僕は事前に、エッセイ集『プロムナード』を読んでいたから、少しだけ前後関係を理解している。だから、この『ノエル』が作者のとある昔の創作物と呼応していることがなんとなくわかる。冗談のような、短い気楽なお話だ。

道尾さんは、決して人を絶望に突き落としたいわけじゃないのかもしれない。

そんなことを考えながら、構成の妙が染み渡る作品でした。