雲に鳴く。

趣味の小説書き、雲鳴遊乃実のブログです。個人サークル『鳴草庵』

働かない人たちを掻き集め、世界の終わりに備えよう――『我もまたアルカディアにあり』感想文

アルカディアマンション。

どんなに胡散臭かろうと、ここには唯一無二の特権がある。

働かなくても生きていけるという特権が。

 

(『我もまたアルカディアにあり』 1 より)

 だいたいタイトルどおりの話である。

 

 

どうして働かない人を掻き集めるのか。生活保護を経営資金に充てるとか、住人のボランティア精神で支えるとかいう冗談めいた言葉も交え、一応理由は添えられる。ただ、どちらかというとそっちの謎解きよりは、個別のお話をそれぞれ堪能した方が良い。

 

比較的近未来、アルカディアマンションに入居を決めた兄妹と、その二人と関係があるのであろう後の世代の話が三、四つ折り重なる。時系列は前後しているけれど、兄妹の話が一番初期だとわかっていれば問題はない。短編集としても楽しめる。

籠もっている方が働くよりも得ならば、人は籠もる方を選択するだろう。たとえ最初は拒否反応をしても、次第にその思想に飲み込まれていく。やがてこの国が荒廃しても、マンションの中には、働かずにそれぞれの娯楽に興ずる人だけが元気に生き延び続ける。

未来のディストピアを描いている。各話の終わり方も決して気持ちのいいものばかりではない。それでも読み進めるのに苦はなかった。世界の様式が変わっていても、そこに登場しているのは確かに人間なんだという実感があったし、語り口が軽妙だった。真面目な文章の合間にさらっと砕けた表現が混ざる。SFだしある程度の専門用語は避けられないものの、あくまでもこの世界の延長を見ているような気分にさせられる。

それはディストピアなのだけど、でも決して閉塞感ばかりあるわけじゃない。閉塞感を感じなくなった人たちの合間を縫って、人間味のあるドラマが点在している。

なかなか世界は終わらないし、人間もなかなか死滅しない。たとえ働かなくなっても。

 

そしてラストの締め方がとてもいい。

ネタバレみたいで申し訳ないけれど、これは本当に良い。この本の中にあった物語が、そこである種の意味を持つ。ハードルを上げることになっても、むしろその上がったハードルを通して受けた感想を聞かせてほしいかな。

 

ところで表紙についてだけど、まあ多分女性で、オートバイに載っているから、三話の茉莉さんかと思ったけれど、よく考えてみれば服を着ているから違いますね。あとついでにオートバイの形状も違う。イメージ画像みたいなものでしょうなあ。この閉塞感満載の小説に、果たして外の世界の絵が、合っているかは微妙なところかも。

 

あと全然余談なのだけど、今朝『健康で文化的な最低限度の生活』という漫画を読みまして、これもまた生活保護の話なので、なかなか頭の中で面白いことになっています。そうかそうか、最終的にこうなるのか、なんて。

 

我もまたアルカディアにあり (ハヤカワ文庫JA)

我もまたアルカディアにあり (ハヤカワ文庫JA)