雲に鳴く。

趣味の小説書き、雲鳴遊乃実のブログです。個人サークル『鳴草庵』

(ブーン系小説)『時をかける俺以外』あとがき

 スレに書き込むのもこっぱずかしいので個人ブログでちまちま書きます。

 なお、『時をかける俺以外』はブーン系小説です。ブーン系小説をご存じないと読みにくいと思いますのでご了承ください。

 

・タイトル及びテーマ

 このタイトルを思いついたのは2015年の夏頃です。ちょうど某イベントで頒布する小説について考えていた時期でして、とにかくわかりやすくインパクトのあるテーマを探しておりました。
 悩んだ末に行き当たったのが筒井康隆の『日本以外全部沈没』です。こちらは小松左京の『日本沈没』が元ネタなのですが、このように有名な作品のどこか一部を逆転させると注目を浴びそうだなと思い、同じ著者の作品である『時をかける少女』をモチーフとして「自分以外の人間がタイムリープを繰り返す物語」というテーマが立ち上がりました。ほぼ同時に『時をかける俺以外』というタイトルも完成。語感も良く、印象にも残りやすい文字並びだと感じたので、特にこれ以上弄ろうとは思いませんでした。
 それではテーマに沿って書いていこう、と意気込んだは良いものの、実はほとんど筆が進みませんでした。
 テーマの何が難しかったかというと、タイムリープをしない主人公にどうアクションさせるか散々悩みました。言ってみれば主人公は無能力者であり、タイムリープ能力者に対抗するには何らかの形でタイムリープの糸口を掴まなければならなかったのですが、タイムリープは記憶改竄も付随してしまうので容易くは突破できません。どこかしらで不自然な綻びを見せなければ主人公はタイムリープに気づくことはないのですが、あからさまに不自然だとお話として忌避されてしまうため、処理が難しいのです。
 良いアイデアは思いつかないまま、結局入稿にも間に合わず、某イベントでは別のお話を寄せ集めて埋め合わせをし、『時をかける俺以外』のプロットシートは真っ白のままドキュメントフォルダの隅っこに追いやられました。

・ブン動会への参加

 ブン動会の告知を初めて見たのはツイッターで流れてきた誰かの呟きでした。新しいイベントがあるんだな、くらいに考えていたのですが、覗いてみたらすでにあな本さんや偽りさん等、僕がちょうどブーン系に足を寄せていた頃に盛んに書かれていた方々が参加しているのを見つけてぐっと興味が湧きました。そのままの勢いで参加表明し、もう随分とご無沙汰だったのにちょっとした反応をいただけて嬉しく思いながら、作品の構想を練り始めました。
 何か自作品に繋がる話を、と初めは考えていたのですが、主催の意向を察するに単独で楽しめる作品の方が歓迎される様子でしたので、どこにも投下したことのない物語を選ぼうとフォルダを散策しました。候補に挙がったのは三つ。この段階ではタイトルのみだった『時をかける俺以外』と、死にたがる人々のクローズドサークルものがその中に含まれていました。この二つを掛け合わせて、主人公に「死にたがる」という特徴を付与したところから構想が再始動していきました。タイムリープとも相性の良い特徴だったし、思いつけて良かったです。

・ショボンの登場

 タイムリープの物語でありながら主人公が無能力であるため展開上不自然な綻びが必要になる、と先ほどお話ししましたが、期限が迫っている以上は綺麗事も言っている場合ではなく、多少強引ながら主人公(これ以降、ドクオと記します)に直接タイムリープを伝える人物を設定しました。お読みいただいた方ならご存じのとおり、ショボンです。もうどんなに真面目に書いても不自然なのでいっそのこと目立たせようと思い全身銀色タイツとしました。そしてドクオに告げる、「君の自殺は妨げられている」と。そのあとは思いついたアイデアの流れに沿った通りに書き進め、まとめあげました。

 ショボンの内面が固まりだしたのはもう少し書き進めてからでした。そもそも1st trackの投下が終わった段階では彼は純粋な未来人でした。未来人なんだからタイムリープくらいするだろう、と。1st trackの終わりに「了」と書いたのは、本当に最初はそこで終わる予定だったからです。急いで書くときのお話などこんなもんです。
 その後スレでの反応を見たところ、「ショボンの描写が足りなすぎる」とのご指摘をいただきました。なるほどなあ、と感心いたしましたので急遽予定を変更してショボンというキャラクターについて考えていきました。彼はいったいどうしてツンにタイムリープをさせたのか。もちろん彼がツンの未来での恋人であることは裏設定として考えてあり、1st trackでほのめかす程度に書いていたのですが、他の感想をちらっと見るにその点についてもご理解いただけていないようでしたので、これはいっそのことショボンを視点にした失恋の話もちゃんと書くべきなのだろうな、と思い至りました。2nd trackを書き始めた動機は概ねこんな感じです。年度末であり仕事の方も大変キツかったのですが、せっかく参加しているのだし頑張りたかったので、僕は発想直送ドラミングマシンと化す決心をしました。ツイッターでは概ね執筆開始を叫ぶだけの人間になっていたりしました。

・2nd track全般

 期限が残り一週間を切っていたのでもうプロットがどうこうとウダウダ言っている暇もなく、裏設定を頭の中でこねくり回してストーリーラインを思いつき次第書き下ろしていきました。途中で詰まれば即死だったと思います。まあ最悪公開できなくても1st trackだけで一応完結はしているのでブン動会には貢献できるかなと考えていました。

 とはいえ今となっては、やっぱり書き上げて良かったです。自分にとっても、読者にとってもすっきりしたのではないかなと。
 2nd trackの終わり方はドクオとショボンが対峙するシーンを書いた頃に閃きました。多分冷静な状態でプロットをこねくり回しているときにはああいう終わり方は思いつけなかったと思います。すっごいプラス指向だな! 本当に自分が書いたのか!? っていうあれですね。後から反省するならば、タイムパラドックスを用いての理由付けなのでこれ以前の描写にタイムパラドックスについての説明が入れられれば良かったです。ショボンがドクオに語るか、あるいは別の人物を潜り込ませるか(その場合は急ぎ足のために描写を省いてしまったショボンの両親か、天文部の顧問あたりが面白そうです)。布石を張っておけばドクオの理解力にも説得力が与えられて、もっと自然な展開に思えるようになったでしょう。

タイムリープ

 タイムリープのしかたは作品ごとに微妙に差異がありますよね。『時をかける俺以外』の場合は「自分以外の人物によって過去を変えられ記憶ごと改竄される」という形式であり、『オーロラの彼方へ』(洋画)や『Another』(小説ではなくアニメの方)を念頭に置いていました。

 スレにて「ブーンを助ければ良かったのでは」と指摘されていたので、答えますと、全く以てそのとおりです。ただ、ショボンがツンの前に現れるときにはブーンはすでに死んでおり、家も跡形も無くなっています。ショボンがブーンが死ぬ前にタイムリープしてもショボンは別の街にいます。それでも頑張ればブーンと接触できるかもしれませんが、助けるには難しいでしょうし、精神力を削られてしまうので止めておくのが無難でしょう。ツンならばブーンが生きている時にタイムリープして接触できますが、ブーンの母親を殺してしまいます。ショボンとしてはツンに捕まって欲しくないので止めます。こんなぐあいまでは一応考えてありました。

 バイナリー信号で時間軸の変更を表すギミックは1st trackの投下直前に閃いたものでした。本当は同じような記号を倒したり逆さにしたりしてバイナリーを表しています。なんでバイナリーかというと、他の作品には見られない形で時間軸の移行を表したかったのと、『インターステラー』が記憶の片隅にあったからです。

 

・ブン動会及び沼男について

 自分は積極的にブーン系で活動している人ではないのでもしかしたら違うのかもしれませんが、ブーン系も随分風通しが良くなりましたね。新しく、かつ精力的な人もたくさん参入してきている印象がありますし、人口自体が小説界隈にあるまじき多さだと思います。ブン動会に多数の方が参加されたのもその表れじゃないでしょうか。

 他の作品はほとんど読めていないのですが、総合でネタにしてもらった『沼男はいないようです』は唯一読み切りました。僕自身で哲学的な難しいことを考えたわけではありませんが、最後のオチを含めてそれまでの土台を打ち崩しテーマの本質を浮き彫りにする手法は綺麗に決まっていてかっこよかったです。

 深い考察をするほどの知恵も無いので以下はなんとなくで書く沼男の感想です。

 基本的にはシンプルな設定で進む思考実験調の内容です。各個人の沼男についての洞察はそれぞれの立場を表してくれています。正直なところ思考実験であればこれだけのパーツで結論まで持って行けるのですが、『沼男』ではその合間に妙に丁寧な料理描写を挟み込みます。それぞれに良い雰囲気や読み込ませる魅力があるのはなんとなくわかるので、深掘りしてみます。

 まず各個人のシチュエーションをおさらいしてみましょう。

  •  ブーン

 オムライス。作り手はドクオ(友達)。

 関係する文意:ドクオはショボンに駄目出しされながら研鑽をつみ料理を上達させ、ショボンはその実力をこっそり認めている。その様を端から思い出しながら、ブーンがドクオにそのことを話す未来を楽しみにする。

  • しぃ

 鶏肉のシチューとパン。作り手はでぃ(姉)。

 関係する文意:今までなら感想を聞かれるが、今日は心配されてしまう。沼男のことが気になってしまい、感想が出ない。

 味噌汁、肉じゃが、ご飯、ほうれん草のお浸し。作り手はトソン(彼女)。

 関係する文意:美味しい。少し悩むが、最後には料理の感想を言う。

 

 すごくざっくり言ってみる。

 ブーンは料理を前にして友達との過去と未来を思い浮かべている。視線は作り手と周辺の人に向いている。客観です。沼男についての意見もそのスタンスを継承しています。

 しぃは疑心にかられて何も言えない。主観が強すぎて料理の味がわからない、つまり作り手のことを安心して受け入れられていない混乱状態にある。

 モララーは作り手であるトソンのことを考えている。沼男についての葛藤も感じてはいるが料理の味はきちんとわかっている。主観ではあるが、しぃとは違い相手のことは受け入れている。

 なるほど、料理描写を通して三人の考え方の違いを表していることがよくわかります。それであれば、作り手の違いは何なのか。考え方の違いを示すだけなら全員作り手が恋人でも良かったわけです。それなのに、ブーンは友達で、しぃは姉、モララーは恋人で、バラバラ。

 なんとなくなのですが、これはそれぞれの沼男に対する心理的な距離に通じているのかなと思います。

 友達とは、仲が良いけど他人です。ブーンにとって、沼男問題は友達に接するようなもの。深刻になりすぎず、できれば楽しいところだけを拾って接したい。だからその性質を受け入れる理論(食べ物によって身体組織が毎日入れ替わっている云々)を打ち立てて納得する。

 姉とは身内、親しい人です。しぃは沼男を考える際に身近にいる人が偽物であることへの嫌悪感を露わにしていますが、それだけ普段は周りの人を信頼していたのでしょう。この世界が普段通りの世界であることに安心していたからこそ、ショックが大きい。受け入れられない。沼男問題はそれだけ深刻だということですね。

 さて最後に恋人のモララー。恋人ってことは他人であれど親密な相手です。将来的には身内になるのかもしれない。彼女が偽物であるかどうかの違いは、モララーにとって深刻でもあるけど、一方では料理の美味しさを素直に感じ、トソンに普段通り接していたい気持ちもある。二律背反の気持ちは彼の一人称の揺れにも見られます。料理を味わっているかと思ったら沼男の話題を思い浮かべ、しかし最後には「美味しかった」という簡潔な感想で結ぶ。もやもやはすれど、押さえ込んでしまう。

 ちょっと試しにモララーについて、どのような状況なのかを身近に伝わらせるために、モララーについて沼男問題を別の言葉で置き換えてみましょうか。例えばトソンに別の恋人がいる疑惑が今日浮上していたとします。むしろそっちが本命で自分は遊ばれているのかもしれない。モララーにとってトソンは恋人ではある。でも疑惑を信じればトソンはもう恋人でない。昨日まで恋人だったのに、噂を聞いた瞬間に彼女が恋人ではなくなってしまった。でも姿は恋人であるトソンのままだ。このまま愛し続けることもできる。疑心を高めて恋人関係を解消することもできる。さてどうしよう。

 こんな感じの葛藤がモララーの心中で起こっている。そして悩んだところで「美味しかった」の一言。これは、料理を食べたことに対する感覚を述べたに過ぎず、感覚とは客観であるからして、この一言を述べることにより彼は一旦結論を出すことを遠ざけているのです。

 彼が結論を見いだすのはそこからしばらく経ったのち、トソンとのシーンです。

(゚、゚トソン「貴方はいつも勝手に抱え込んじゃうんですから。ゴミ掃除くらいなら手伝ってあげますよ」

 

 どうやら相手の感情を敏感に読める能力を持っていたのは、俺だけでないらしい。
随分と心配をかけさせてしまったようだ。

 それにしても、ゴミ掃除と言ったか。
俺の今までの悩みを、ただのゴミと捉えて一蹴しやがった。

  客観に逃げ込んでいたモララーの心中に食い込んでくる一言をトソンが告げて、それを受けてモララーが悩みを一蹴する。トソンを疑うかもしれなかった彼が、逆にトソンにとって疑念を抱くことそのものを無意味に感じさせられる。綺麗ですなあ。

 ある意味、ブーンとしぃは極端なんですよね。沼男を肯定するか否定するか。客観に従い肯定し、主観に従い否定する。そしてモララーは一旦棚上げし、他ならぬ沼男の彼女によって両者の立場を止揚し、オリジナルも沼男もひっくるめて愛する。なぜならトソンが自分を愛していると自分が感じていることに変わりはないから。

 

 さて、こんなふうに考えてしまうと、荒巻のあの一言によって一番掻き乱されるのはモララーな気がしてきます。どうやってその波乱を乗り越えるのか、気になるところではありますが、お話はこれでおしまい。おしまいなのです。

 

・最後に

 衛兵王女、絶賛プロット卓袱台返し中! 頑張るぞ! 僕のブーン系小説に興味を抱いた方には、所信表明に書いたとおり『嘘をついていたようです』がおすすめです。何せちゃんと終わってるんですから(伏線は投げてますが・・・・・・)。