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雲に鳴く。

趣味の小説書き、雲鳴遊乃実のブログです。創作サークル綾月所属。個人サークル鳴草庵代表。

写経について

 twitterのフォロワーさんに感化されてすっかり毎日写経をしています。

 一日一回、適当に選んだ小説の一場面を書く。分量は原稿用紙3枚分。一般的な文庫サイズだとだいたい二ページ少しってところです。

 僕は手書きで写経しており、書き上がるまでに四十分かかります。さらにそこから気になった点、書き留めておきたいことなどを赤字で添えて、おおむね一時間。これがまたちょうどいい。良い具合に集中できます。紙ベースだと書いている実感も湧くというのもありますね。

 元々年末にもちょろっと写経をしていたのですが、そのときはパソコンのデータに手打ちでした。これをすると分量は書けますが、却って区切りがわかりづらく、僕の場合はだらだらいつまでも書いてしまっていました。初めにやったときが一時間か二時間くらいかかってしまったんですよね。あまり効果も感じなくてそのまま三日坊主でした。

 一方今回の手書きでの写経は、まだ今年に入ってから始めたものですが、割と好調です。枚数を少なめに設定した分、めんどくささが減ったんだと思います。あとはシーンを選ぶときに、前は散々悩んでいたのですが、二ページ程度となると短いので選ぶときに気楽になれています。名文とか悪文とかも、ほとんど気にしていないです。

 書くのに選ぶのは一応何かのシーンと選んでいます。ひとつのアクションが起きている場面ですね。今のところ二ページの中にひとつは何かが起きています。こういうシーンでの区切りというのはプロットを組むときに意識していたことなのですが、思いつきの割には普遍的な概念なのかも?

 そのほか、買っただけで眠っていた万年筆が原稿用紙に上手く乗ってさらさら書ける、しかも有効活用してる、という喜びもありますね。

 

 写経を初めてまだ一週間足らずなので偉そうなことは何も言えないのですが、ひとつ気づいたことがあるとすれば、文章ってじっくり読むと面白いんだなってことです。一文をじっくり書いていると情景もちゃんとわかるし、どうしてその描写をしたのだろうと考えたりする余裕も出来ます。普段流し読みしているとそのあたりはなんとなくで済ませてしまいますから、考える機会を作れて良かった。

 描写、たった二ページのそれで何がわかるかって話でもありますが、案外気づくことはあります。少なくとも二ページ書いて何も気になるところがないってことはありませんでした。論理展開が気になったときもあれば、説明の順番が気になったときもあったり、今の時点ですでに様々。もっとじっくり読んだらさらに多くなるのかも知れない。面白いし、流し読みってあまりよくなかったなと少し反省もしています。

 今日書いたのは、村上春樹でした。二ページの間に「それだけだ」という文が三回も出てきたり、「そう」とか「そのように」とか「そ」のつく指示語が山ほど出てきたり、頭の方の描写でさらっと出てきた脇役の言葉があとにまた反復されたり、そんなのを見つけるのが結構楽しかったです。

 

 ちなみに写経した文をブログに載せて良いのか調べてみたのですが、どうもグレーゾーンみたいです。引用程度ならOKとの話ですが、引用の定義はありません。まあ、楽に記事を書いて承認欲求を満たそうなどと思わないことですね。

 

ある人間にとって終わってしまったことが、他の人間にとってはまだ終わっていない。それだけのことだ。 それだけのことが線路の先の方にいくとずっと大きな違いを持つようになる。

 

羊をめぐる冒険(上)』(村上春樹