雲に鳴く。

趣味の小説書き、雲鳴遊乃実のブログです。個人サークル『鳴草庵』

抱負

 あけましておめでとうございます。雲鳴遊乃実です。

 2016年がやってきちゃいましたので、去年の振り返りと今年の抱負を書き記します。

 

振り返り

・input celector 2

 昨年の初めにまず何があったかといいますと、添嶋譲さんのところの『文芸コンピレーション input celector 2』に参加する件で年明け早々から動いておりました。   

 経緯を説明しますと、CRUNCH MAGAZINEを利用していたこと、及び文学フリマでご挨拶したことの縁で、1,000字程度の掌編を掲載してみないかと誘われたんですよね。

 自分の作品が紙書籍に載るかもしれないという高揚感、そして他人の作品に載るという重責から、当時の自分としてはかなり気を遣って執筆しておりました。何せ今までWEB小説の形で書き殴る形でしか書いたことがありませんでしたから、推敲も何もほとんどしていなかったんです。他の参加者を眺めてみて、僕が載って良いのかー? とか思ったりもしていました。一度は書いたけど、改めてみると無駄な箇所がいっぱい見えてきたりとか、逆にもっと説明しないととか、思いつくことがたくさんありました。締め切りもありましたから途中で切り上げましたが、今ならもう少しいじれたかなと思います。

 書き上げた作品は『文学少女、宇宙へ行く』です。構想自体は2014年の暮れに、キャラの立った小説を書きたいと思って考えたものでした。前述しましたが当時として一番気を遣った作品なので思い入れも一入です。『input celector 2』が売り切れでもすれば公開しようかなともこっそりおもっておりますよ。

 

・即興小説

 Twitterで流れてきた「フリーワンライ企画」というものがありまして、何かというとお題を選んで一時間で即興小説を書けというシンプルな企画です。面白そうだと思って第42回に参加し、即興小説『マーシャとドロシー』を書き上げました。作品自体はCRUNCH MAGAZINEに載っています。これがとても楽しかったので、続く43回では「銀翼のステラ」を書き、さらに自分のオリジナルで「木の枝の指す方へ」と「戻りたいとは言わないよ」、及び「三十回目の明治」を書き上げました。

 この「三十回目の明治」が友達に褒められたことから有頂天になり、しばらくは即興小説を書き続けて練習としてみようと決めました。とりあえず何か書かなきゃという焦燥感を埋め合わせるのに、一時間と時間を区切って勢いで書く仕組みが上手く響いたのだと思います。そんな中で生まれたのが「解体」で、一時間のところが勢いで四時間ほど掛りました。時間がかかったというよりも、書きたいことが多すぎたというのが正直なところです。アドレナリンが出ていたみたいで平日なのに全然疲れませんでした。その代わり仕事が大変でしたが、まあ、生きて帰ってこれました。

 なるほど勢いがあると一気に書けるんだな、とは思ったのですがその後即興小説を継続して書く意欲が薄れていきました。一番の理由はネタ切れです。お題なしで書いていたせいでもありますが、自分の引き出しの狭さに愕然としました。残り半年でもちらほらと即興はしましたが、来年以降で続けるかは正直わかりません。ネタを仕入れるのが先決なように思えます。

 即興小説についてですが、CRUNCH MAGAZINEにあるもののほかに、Pixivで書いたものがあります。そのほか合わせて一応サイトにはまとめてあります。

 

・第二十回文学フリマ東京及び金沢旅行

 ゴールデンウィーク文学フリマ東京に参加し、その足で金沢旅行へと向かいました。

 文学フリマ東京にいたのは小一時間程度なので、見知った人に挨拶して作品をちらほら買った程度でした。ペンシルビバップさんの『脱走』というアンソロジーを読んで、もしかしてこの人たちはすごい人たちなんじゃないかと思い始めたのはこのときだったかなと思います。そのほか本の杜で遭遇した新嘲文庫さんから過去の作品をたくさんいただけたことが記憶に残っております。読めていたかな・・・・・・

 そしてそして、「僕も本を出したいな」と思ったのがまさにこの回でした。一般参加も四回目でしたし、お金も溜まってきたので、調べてやろうと決めたのです。

 

 金沢へはお昼の新幹線に乗って向かいました。そのときの記事はこのブログで書いたものだったかと思います。

 ダイジェストでお伝えすれば、金沢文学館で案内人のおばちゃんと話し込んだり、蓄音機美術館でレコードと戯れたり、友達と落ち合って二時過ぎまでお酒を飲んだり、朝六時の兼六園で涼んだり、お茶屋街で観光客にもみくちゃにされたり、ざっとこんなもんです。なんだかんだいって普段の生活とは違う場所ですから、街を眺めているのも面白かったです。ただ、旅行先でお腹痛くなる体質をなんとかしたいと強く思いましたね。せっかく会えたのに痛みでなかなか話せなかったのは申し訳なかった。こういうのは直せるものなんだろうか。

 泉鏡花記念館で、水木しげるによる泉鏡花の伝記を買いました。このときはまだ年末に御大が亡くなるだなんて想いもしませんでした。しみじみお悔やみ申し上げます。

 

・筆が止まるった夏、そして創作サークル綾月へ加入

 六月頃に書けなくなりました。

 文学フリマに出展する作品を小説家になろうで書き進めていたのです。一話、二話とできて、三話にとりかかろうとして、前に進めなくなりました。

 書いていた作品は「耳が聞こえる!」というタイトルで、つくも神の声が聞こえる少年桜木谷虎白と管狐に取り憑かれた少女日廻あやめの物語です。小説家になろうのアカウントはすでに削除してしまいましたので確認はできませんが、結構な長文で書いておりました。友人に見てもらって面白いとも言ってもらえていました。

 それなのにどうして書けなくなったのか。今から自分で思い返してみるに、結論はたった一つしか思い当たりませんでした。書いていて面白くなかったんです。

 大いに主観的な話なのですが、面白くないものを書いて売るのにも抵抗がありましたし、もっと登場人物たちを掘り下げることができないといけないと痛感しました。それで打開策を考えていたのですが思いつかず、季節が変わって夏になりました。

 書けねえ書けねえ、そう思い悩んでネットを漁っているうちに、TLで見かけたのが、創作サークル綾月の告知でした。一緒に活動してくれる方、誰でもOKという内容だったかと思います。

 当時はちょうどCRUNCH MAGAZINEの方で参加していたサークルも動かなくなっており、人の目に触れる機会がどうしても欲しかった。それで、「わあ、仲間をつくって創作するなんていいなあ」と、僕はとても気楽な気持ちで連絡をしてみました。その結果、早速九月には企画として短編を掲載するとのお話を受けました。お題は童話。好きな童話を選んで、自分なりにアレンジして書けというものでして、僕が選んだのは「スーホの白い馬」でした。

 やるからにはちゃんと調べて取りかかろうと思い立ち、ひとまず放置中の自分の作品は無視して、綾月の企画作品に力を注ぎました。まずは原作の「スーホの白い馬」の内容を確認し、ネットで出自を調べ、話の展開を考えました。内容についての知識がどうしても必要となり、民音博物館に乗り込んでみて馬頭琴について一時間くらい聞き込みしたりもしました。できあがった作品が『砂漠のヨキ』であり、ブラッシュアップして11月の第二十一回文学フリマ東京に出展しました。

 このとき僕は久しぶりに長めの作品を書きました。内面から言えば、スランプだったのを無理して書いた時期であり、それなりに苦しかったのですが、作品ができあがったのを綾月のサイトで確認したときはなかなか胸を打たれました。なぜ書けたのか。締め切りがあって、責任を感じていたのもありますが、思い返してみると一番の理由は書くべき内容がはっきりしていたからだと思うのです。童話集、スーホの白い馬。よしじゃあ話はこんな具合で。童話という主題を意識して書いたのが、結構プロットを組む上で助けになりましたね。

 これ以降、綾月さんのところでお世話になり、年が明けた今でもメンバーとして参加しております。活動についていちいち書いていると分量が大変になりますし、この記事が僕の反省だということを鑑みて端折りますが、本当にいろんなことを経験させてくれるサークルです。この経験をよきものにできるかはこれからの僕次第ですね。

 

・初出版『翔兎乃音』

 書けなくなった時期を脱した僕を待ち受けていたのは文学フリマ東京まであと二ヶ月という現実でした。今から長編を書くのは無理でしたので、短編をまとめて一冊の本にしようと思い立ちました。出版社を調べ、セミナーに参加し、金額を調べて話し合い。百二十ページ前後がいいなと目算を立てたところで短編をかき集めました。春先に書いた『背中から落ちる猫』を加え、前述した『解体』及び『砂漠のヨキ』をそれぞれブラッシュアップ。ページ数はこの時点で90だったかな。

 ここで、昔の作品をまとめることもできましたが、たまたますでに収録予定だった三作品が2015年に書いたものばかりであることに気づき、「すべて今年中に書いたものの方がいいんじゃないか」と思い直しました。あとひとつ収録するとして、いいのはないかと今年書いた短編を漁りましたがお目当てのものは見つからず、こうなったらいっそ自分で書き下ろしだなと筆を執りました。

 仕事をしながらの執筆作業。少しずつ書き殴っていき、できあがったのが十月の初め。タイトルは『霧島秋沙について』です。トリックだけが最初に思い浮かんでいた作品でした。書き方としましては、当時苦手意識のあったキャラクターを引き立てることにあえて挑戦してみた作品でして、普段の何倍も人物像を明確にしました。『砂漠のヨキ』でも同じように強度をあげてみたり。ただ、これは僕の主観なので、読者からすれば相変わらず固いと思われたかもしれません。実際僕も、あの書き方がもう一度できるかと言われたら微妙です。即興のエッセンスを活用したことが功を奏したのだと思います。

 小説のタイトルは『翔兎乃音』でして、音読みで「しょうとのおと」→「しょうと・のおと」→「short note」です。無料で配った140字SS「heavy moon」について知りたい方は、和訳してください。

 出版社は「しまや印刷」さんです。表紙はオーダーメイドできましたし、オンデマンド印刷で細かい冊数の指定も可能。紙の質も違和感はありませんでしたね。ただ、提出作品にはすべてノンブル(ページ数)が必要であるという仕様を僕が理解していなかったせいでばたばたしちゃいました。面目ない。

 できあがった本は11月の文学フリマで頒布。売れたのは13冊だったかな。出展する側として何を感じたかは綾月のブログに書きましたので見てみてください。

 なんにせよ、自分の本ができるというのはいいものです。本当にそう思います。自力でできるんだということに気づいて、実行できたのも、大切な経験でした。人に見てもらえるってやっぱりすごく嬉しいことなんです。どうあがいても、この気持ちばかりは止められない。

 

・パソコン、逝く

 文学フリマと並行するのですが、パソコンが壊れました。

 印刷所への提出はかろうじてすませて、古いパソコン(Vista)でもろもろの整理をしたのち、新しいパソコンを購入。どうせならいいのを買おうと思って保証をたくさんつけて二十万叩きました。やりすぎました。いろいろな動作がめっちゃ速いですが、使いこなせているのかいまだ自信がありません。

 パソコンの無い期間が二週間ほどあり、「なるほどこれもまた乙なものだ」と高をくくって読書に耽っていましたが、そういえば元に戻りましたね。いつの間にか。パソコンは偉大です。

 パソコンが壊れたことによる一番の問題は溜めていたプロット集が消えたことです。数は百に上っておりました。しかたなく思い出せる範囲で新しいパソコンに改めて書き直しました。大変だったことには大変だったのですが、書きたいものをしぼれたという意味で「は結構いいことだったかもしれません。

 

抱負

 昨年の振り返りを踏まえて、今年の目標を簡単に。

 

・ちゃんと調べる

 調べるというのは、つまり興味のあること全般について、ネットで適当に検索するだけじゃなく、ちゃんと本を読んだりしようぜという話です。

 昨年では、即興小説を書いていたときのようにネタがなくなる恐怖に加えて、砂漠のヨキみたいに調べることの大切さや面白さも味わいました。今まで書き始めてから調べ出すという非効率的なこともやっていたせいで、執筆にえらく時間を取られていた事情もあります。

 何をするにも知識というのは必要ですから、知っておくというのがまず一番だなと。じゃあどこから調べようと思い、自分の興味あるものや、これから書きたいものを中心に、資料を買いあさっているところです。

 もちろん調べ物自体は去年もしていましたが、今年はもっとちゃんとやろうということで、抱負とすべきことだろうと思います。

 

・テーマを考えて書き上げる

 昨年は書けなかった。これはもう事実です。即興小説はたくさん書きましたが、あれは息抜きで書いていたものです。本当に書きたかったものではない。

 こんなことを考えるのも、文学フリマで「この本は結局どんな本なのですか」と尋ねられたからです。そんなの知らないよと答えるわけにもいかず曖昧に笑って還してしまったのですが、これじゃいけない。もっと明確にコンセプトを打ち出さないと読んでもらえないんだなと思います。

 コンセプトっていうのは作品の骨格です。それを意識することで作品の方向性が決まる。いままであっちこっちとっちらかっていたのですが、そこをもっと直せる。そう思うと、やる気がわいてきます。そのままの書き方でいいという方もたくさんいるのだろうとは思いますが、僕としてはもっといい文章を書きたいし、作品自体も明確なものにしたい。何よりも人にうまく作品の魅力をアピールしたい。思ってしまっているのだからしかたない。

 できることとして、今持っているプロットの意図をもっとよく考えてみる。そして出版をする。五月はたぶんきついので、十一月のほうで出展できたらいいなと思っています。

 

おわりに

 明日出かけるのにすっかり夜になってしまった。反省っていうのは時間が掛るものです。

 抱負と書いて、簡単に変えてしまうのはよくないです。だから今年は、ちゃんと調べてちゃんと書く。きっとできるというか、やらなきゃならない。人として何かを伝える営みを僕も取りかかってみたいんです。これまで以上に真剣に。

 

長文を読んでいただきどうもありがとうございました。もうすっかり眠いのですが、書き直す気力はありません。おやすみなさい。