雲に鳴く。

趣味の小説書き、雲鳴遊乃実のブログです。個人サークル『鳴草庵』

『スキップ』(北村薫)

 北村薫の『スキップ』を読み終えて、緩やかで良い余韻に浸り、時間もあるものだからブログでも書いてみるかと思い至った次第である。

 まさか前回の記事が八月だったとは思いも寄らなかった。

スキップ

スキップ

 

 発売日が1995年とある。主人公は25年前の世界から時間を飛び越えてしまうから、1970年頃の人なんだね。その25年間のうちに生活のいろんなものが小型化したり、効率よくなったりしていて、とまあそのあたりの驚きのおかしみはタイムスリップものによくあるものだけど、この作品ではそのあたりの変化を比較的肯定的に捉えているね。少し前に読んだ『僕たちの戦争』(荻原浩)だと、こちらは戦時中の少年と現代のサーファーが入れ替わるのだけど、現代に対しては批判的な態度だった。とはいえ、50年さかのぼるのと25年さかのぼるのとではまた随分違うものかもしれない。ちなみに『僕たちの戦争』は2000年刊行。どちらも、「今」と比べたら結構昔なんだよね。

 『スキップ』 の話に戻るけど、まず主人公が高校の国語の教師。北村薫さんのデビュー時と同じです。夫も同職だから、初めは夫の方を北村さんとかぶせて見ていたのだけど、授業風景を読んでみて、やっぱり主人公の方が北村さんの投影なんだと思った。理想像かと思ったら、本当にあの内容の通りの授業をしていたらしい。今、Wikipediaにそう書いてあった(ついでにラーメンズ片桐仁の先生だったことも知った)。

 この授業がとにかく印象に残っている。クラスのみんなに好きな言葉と、なければ嫌いな言葉をあげてもらう。みんなの答えの回答が列挙されるところは圧巻だ。みんな違うことを書いている。どれもこれもが個性だ。別に個性的になろうと狙っているわけでもなく、ね。面白いなーとただただ感心する。

――で、そんな凄いもの(※言葉のことです)のうちでお気に入りが増えたら、――好きな言葉がいくつも持てたら、きっと、お金持ちになったみたいなものだと思うわよ。

 

たとえば《おぼろ月夜》って言葉が好きになれたら、それから《おぼろ月夜》が自分のものになるってことはあるんじゃないかな。

 とりあえず辞書くらい引こう、と思った。

 主人公は心の中が十七歳。それでいてほとんど一夜漬けの状態であそこまで語れるものかとも思ったけども、国語のような授業でのものごとを考える上での根本は割とそのくらいから変わらないのかもしれない。というか主人公がそういうふうに、芯の通った人だったのだろう。日誌の応答にめいっぱい言葉を書き連ねてしまうところなんか、本当に書くことが好きな人らしくて面白く、大人じゃない感じが出ていて、とても良かった。