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雲に鳴く。

趣味の小説書き、雲鳴遊乃実のブログです。創作サークル綾月所属。個人サークル鳴草庵代表。

『流』(東山彰良)

感想
「わしらに大義なんぞありゃせんかった」
 主人公の祖父が述懐するのは、国民党と共産党に分けられるときのことだ。ちょっとした好悪で敵と味方にわかれ、その結果大陸と島国がとてつもない戦火に巻き込まれた。理由なんて、大したものではなかったのだ。
 この理由を軽視するような見方が物語の全体を通して感じられる。

 結論が説明よりも先にくるような書き方が、物語の中にたくさん現われる。プロローグがラストシーンと繋がっていたり、「結論を言えば」と一言付けてその後の展開を指し示すことは、単体ではいろんな小説で扱われる書き方だが、この『流』の中ではあからさまなほどに因果関係の捻れが多用されている。
 主人公の祖父は登場する前から殺されたことが示唆されるし、日本で出会った女性が現われる前に離婚したことが明かされ、会社に勤めはじめる前に倒産した経緯まで説明してしまう。
 小さな理由を突き詰めることに、大した意味は無いのだと感じさせられる。どんな理由であろうとも何かが起これば必ず結果が待っている。そこにいたるまでの流れが常に堂々と示されている。
 世界情勢もめまぐるしく変わる中、主人公を取り巻く環境も、人間関係も惜しげも無く変わっていく。その変化のダイナミズムが一番のテーマだ。圧倒的な流れに身をゆだねる感触が、読後を清々しい気持ちにさせてくれる。
 おそらく、主人公は今50代ほどであり、彼が生きていた時代を知っている人だと、より自分の体験とすりあわせて人生の流れを感じられるのではないだろうか。羨ましい限りである。