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雲に鳴く。

趣味の小説書き、雲鳴遊乃実のブログです。創作サークル綾月所属。個人サークル鳴草庵代表。

本を読む

内省

 そういえば地元にはろくな書店が無い。

 BOOKOFFと蔦屋書店とブックエースがある程度だ。品揃えは悪い。

 隣のそれなりに大きな市のやつはどうかというと、これも駅構内にちょっと広めの書店スペースがある程度だ。

 僕が暮らす埼玉北部は田舎なのである。本に触れる機会はとても少なく、ゆえに読書体験は意識しないと得ることができない。文化的に劣等といって差し支えないだろう。僕みたいなコミュニケーション不全の人間にとってはなおさらである。

 

 そのような生活環境で、僕に本を勧めてきた人間が一人いた。中学のときの担任だ。髪の薄い様に愛嬌があったが、生徒指導にはあまりやる気が感じられず、怠惰を敏感に感じ取る中学生たちからはややマイナス気味な印象を持たれていた。僕の担任となったのは中学二年生のとき。

 このとき何があったかというと、綿矢りさが高校生で芥川賞を取って話題になっていた。先生も読書家だったのでこの手の話題に食いつき、空き時間に僕らに何かいろいろと本の話をしてくれた。とはいえ、当時の僕は本の読めない人だ。ハリーポッターですら厳しかったくらいの集中力の無さだった。先生からは川端康成の『雪国』を渡されたが、確か最初の50ページくらいで読み疲れてしまった。改めて読み直したのは去年だ。10年も経っていたが、あのときわけわからんと思っていた描写がわかるようになっているのにはやっぱり少し感動した。

 

 意識して本を読む、ということをしたのは高校生になってからだ。進路指導部の先生に「読んでおくと受験で便利だ」と言われたから、というとてもどうでもいい理由からであり、モチベーションが低いためにあまり大した数はこなせていない。なにせどうやって本を選んだかいいのかわからなかった。

 ひとまず書店に行ってみたらちょうど森見登美彦の『太陽の塔』が文庫化されていたので読み、ものの見事にはまって『四畳半神話大系』も読んだ。その後大学生になっても好きだったのだが、『美女と竹林』で急に「合わねえ」と思って追いかけるのをやめてしまった。

 友達からラノベを借りたこともあった。借りた中では『ムシウタ』が一番面白かったのだが、三巻くらいで卒業してしまった。巻数が多いとついていく気になれない。

 2ちゃんねるまとめサイトでおすすめの本を選んだこともあった。『罪と罰』を読んだら満足してしまった。おすすめはされていたが、初心者向けではないということをよく自覚するべきだったのだ。

 

 大学生になったらもうちょっと読んだ。が、やはり意識的ではなかった。一か月に五冊も読めば頑張った方だ。図書館はもちろんあったのだが、授業の課題を調べるのに使っていたので本を借りたこともあまりなかった。そもそも一般文芸は隅っこにおいやられていて人目につかなかった。このもったいなさに気づいたのは卒業してからであり、さすがにちょっと残念だった。

 

 本を読みたいと思ったのは、大学四年生のときだ。まず年初に『坂の上の雲』を読み終えたが、これはNHKドラマの影響だからちょっと違う。どちらかというと神保町の古本まつりの影響の方が強い。書店が立ち並ぶ姿に心躍った僕は、昔2ちゃんねるでSSを書いていたこともあり、小説を書くことが趣味にできるんじゃないかと考え、ネットでイベントを調べて文学フリマを探り当てた。そこでクランチマガジンと出会ったり、作家さんと出会ったりして、今ではまあよろしくやっている。

 就職してから、本を読みたい意欲が増大した。今まで自由でいながら本をあまり読まなかったことへの反動だったのだと思う。自分の読書量の抜けを埋め合わせるべく本を読んだ。幸運だったのは、職場に図書館が併設されていることだ。白状すれば学校事務だ。そのためにいくらでも本を借りれる。あまりにも学生らしからぬ本は置いてもらえないが、話題の本は大抵取り揃えてくれるのがありがたい。

 電子書籍リーダーも買ったのだがそれほど活用しているともいえない。今は紙の本に触れるのが楽しい。どうしても紙で買ってしまう。ネットで買うことだってできるから楽だ。本棚が埋まればなにかしら考えなければいけないだろうが、今のところは段ボールを駆使して本棚を作ったりと楽しくやっている。

 

 読書環境の変遷はざっとこんなもので、大した読者でもないのだが、さすがに全く読んでいないとも言い切れない。不器用なものである。