『鉄道員』
高倉健が亡くなったのは去年、2014年の末だった。
役者のことを語れるほどには通暁していないけれど、名前くらいは知っている。同時期に亡くなった菅原文太と合わせて、日本映画界を席巻していた。
『鉄道員』を買ったのがいつのことだったのか覚えていないけど、訃報よりも前だったはずだ。あまり縁起の良くない偶然だけど、こんなこともあるもんだと思い、少しずつ読むことにした。
表題作を含めて、八つの物語からなる短編集だ。集英社文庫にて、2000年から刊行されていた。思ったよりも最近なんだと驚く。浅田次郎については『蒼穹の昴』や『憑神』なんかを読んだことがったけれど、デビューも案外最近なのだと『鉄道員』のあとがきにて知る。随分洒脱でこなれているなあと思ったものだが、その妙技は天性のものだったのか。なかなか波乱のある人生を歩んでいたようで、気になるので手が空いたら調べてみたい。
- 『鉄道員』
言わずと知れた表題作。高倉健主演の映画の方も見てみたい。
高齢の鉄道員が不思議な少女と交流していく物語。時間を一足跳びに成長していく少女は、どことなく『ジェニーの肖像』のジェニーを思わせる。落ち着いた雰囲気の中で、不思議な現象と静かな内省が交錯する。悲しいけれど、発信する電車に繋がる終わり方は前へと向いていて清々しい。
- 『ラブ・レター』
出所したての男が会ったこともない死んだ妻のもとを訪ねるお話。奇妙な設定だが誠実に人の内面を描いている。人情話ではあるけれど、背景や後輩の態度からは暴力的な要素が垣間見える。こういう人も書けるんだなと感心する。
- 『悪魔』
前の作品がキャラに驚いたのならば、こちらの話は構成そのものに驚いた。少年が主人公で、悪魔のような家庭教師との出会い、そして家庭が崩壊していく様を描く。ユーモアはほとんど排されていて、徹底的に少年の疑心をかきたてる。息の詰まるような書き方はまるで恐怖小説のものだ。著者の引き出しの多さに改めて舌を巻く。
- 『角筈にて』
海外赴任が決定している商社マンが、過去に自分を捨てた父親の背中を見つけるところから物語が始まる。角筈が新宿の昔の名前だとは知らなかった。主人公を支えてくれた家族の話がとても温かで、その真意でちょっぴり驚く。巧く出来ている。
- 『伽羅』
今度の主人公はファッション関係だ。あとがきから察するにこれが著者の昔の経験に通じているというのだから、ますます何者なのだと思ってしまう。柔和に見える女の裏の顔を知る、サスペンスチックで、鮮やかな色彩が心に残る。
- 『うらぼんえ』
親類のいない主人公が、夫の父の葬式の場で親類になじられるなか、奇跡的な体験を果たす。これは本当に面白かった! 僕はこの短編集の中で個人的に一番好きです。ユーモアの交え方、逆境を乗り越える痛快な展開、人の想いの交錯の嬉しみと悲しみ。今まで浅田次郎作品で感じてきた魅力がこれでもかというくらい詰め込まれている珠玉の短編だと思う。
- 『ろくでなしのサンタ』
これはほとんど実体験なのだという。いったい何者なのだとやはり気になる。ページ数は短いし、その分行動もまっすぐだ。考えれば変だけど、まっすぐさは見ていて気持ちいいね。
子どもの頃に通った、地元の古い映画館『オリヲン座』が閉まるという。行き場のない子どもたちをいつでも守り、支えてくれた思い出の場所。冷めた日常と少し離れて、思い出が蘇ってくる。最後の最後の一言で、支えてくれたものの大きさが伝わってきて、切ない。