雲に鳴く。

趣味の小説書き、雲鳴遊乃実のブログです。創作サークル綾月所属。個人サークル鳴草庵代表。

杉山茂樹『4-2-3-1 サッカーを戦術から理解する』(光文社新書)

 この新書は、サッカーにおける布陣の重要性を、主に90年代~00年代の代表的な実例に基づいて解説している。

 日本では、「サッカーは布陣でするものではない」との論調が主流だったのが、近ごろでは変わりつつある。代表のサッカーなどを通して数多くの解説、ガイドブック等に触れ、布陣を語れる人たちが出てきた。そのこと自体は、サッカーというスポーツの流行の進展を見ているようで楽しい面もある。

 しかし著者はこの流行に懐疑的な視点をもっている。布陣を知っているのはいいが、その理由まで突き詰めているか。ただ知識の詰め込みで語っているとしたら、それは非健康的だ。布陣の理由、流行り廃りについて、時間をかけておさらいをする必要がある。これが著者の主張であり、この新書を著した動機とのことである。

 以後、布陣の基本と、その意味合いを表す事例を交えた解説が続いていく。サッカーを知らない僕にとって、その内容は新鮮で、発見の連続だった。一部をかいつまんで紹介していきたいと思う。

 まず、ポイントとなるのがサイドラインだ。このエリアでは常に熱い攻防が繰り広げられる。なぜなら、片側がコートの外である以上、プレイヤーの進攻を防ごうとする敵の圧力も半分にならざるを得ず、攻める側の突破口となりやすいからだ。サイドに人員を割いた布陣は必然的に攻めやすい形となり、逆に数的不利ならば妨げられやすい形となる。著者にその重要性を語ったのはフース・ヒディンク。98年ワールドカップでオランダをベスト4に導いた監督で、その際の布陣が4列表記の浸透するきっかけになったとも言われている。

 ブラジルのサッカーは個人技で攻めていくことが可能で、欧州サッカーはこれに対抗するべく策を考案した。戦術を進化させたのはアリゴ・サッキ。ボールを積極的に高い位置で拾っていくスタイルで、イタリアサッカーの代名詞になり、95年の加茂周代表監督もこれに影響されていた。彼は91年にゾーンプレスという名でこれを実践した。しかし、当時の日本ではこれが攻撃的サッカーの戦術だとする認識がなく、守備的サッカーとしてとらえた。サッカーの本質をとらえる目をもつ人が少なかったのである。

 アリゴ・サッキの考え方はオランダのサッカーの考えにも通じている。つまり相手の陣内でできるだけ長い時間プレイするというものだ。しかしイタリアが比較的守備的なサッカーをするのに対し、オランダはとても攻撃的なサッカーを展開する。特徴は左右の高い位置に両ウイングを置くこと。サイドを突破し深いところで鋭角に折り返したときが最もチャンスなんだ、と01年末のヨハン・クライフは語っている。ファンもまたそのような攻撃的サッカーを求めている。サイドを利用する工夫を凝らしたサッカーを。

 アリゴ・サッキのサッカーは100%オリジナルというよりも、それ以前にあったトータルフットボールの焼回しと言える。このトータルフットボールの本家がアヤックス。94~95シーズンに欧州一の座を獲得したこのチームの当時の監督、ルイス・ファンハールは、3-4-3のアヤックススタイルのメリットについて熱く語った。3-4-「3」の両サイドは相手のサイドバックをケアするべく引き気味に構えるため、中盤に四人の選手がひし形に廃されることになる。そのため3-3-3-1とあらわされることもある。クライフの布陣と同じだ。この布陣の最大のメリットは各選手の運動量が抑えられる点だ。布陣を図に表わすと、選手と選手を結ぶトライアングルがいくつも描けることがわかる。選手は常に2つ以上の選択肢を保持している。選手同士の間隔も広いので守備者も散り、前線からのチェック、囲い込みに入りやすくなる。

 ドイツサッカーの象徴は00~01シーズンに欧州一に輝いたバイエルンの戦いに現れている。アヤックススタイルが4バックの一人を守備的MFに上げたとすれば、守備的MFを一人最終ラインに下げ、リベロ的に使ったのがドイツの3-5-2(3-3-2-2)だ。守備的MFが2人、攻撃的MFが1人の3-4-1-2(イタリアの3バック)に対し、ドイツのは守備的MFが1人で攻撃的MFが2人。そのため数的優位で攻撃を進められる。これがドイツの3バックの定番となっている。3バックといってもその内容は実に多様なのである。

98~99シーズンで、デポルティーボラコルーニャの監督に就任したハビエル・イルレッタは4-2-3-1を好んで用いた代表的人物だ。このスペインのチームはこの布陣を機に成績を急上昇させている。イルレッタの目指したのは中盤を支配し、ピッチを広く使ってサイドアタックを仕掛けるサッカーだ。「高い位置でボールを取る」とクライフが述べたのに対し、こちらはもう少し低い位置で構えるやり方になる。4-2-「3」-1の「3」の両サイドには中盤を得意とする選手を配置した。攻守の切り替わりに対応できる選手だ。これはヒディンク的ともいえる。イルレッタは、4-2-3-1は3-4-1-2よりもサイドで優位に立てるのだという。4-2-3-1の固い守りに攻めあぐね、3-「4」-1ー2の「4」のサイドが下がり、「5」-2-1-2に近い形となる。攻撃を仕掛ける人数は少なくなり、パスコースも少ないので、ロングボールを用いたカウンターになりがちになる。だがカウンターの幅が狭いので、仕掛けたところで簡単には決まらないそうだ。

 1トップのマークに「3」の真ん中の選手が対応することになるが、この位置は本来リベロのポジション。両側のセンターバックはそれを心配するが、二人の距離は遠いためにコミュニケーションがとりにくく、近づきすぎる事態に陥りやすい。センターバックの穴を埋めるため、「4」の両サイドがカバーに入る。だが、彼らは正面からの敵には強いが、横からの敵には弱い。そこが攻撃側のねらい目となる。つまるところ、3バックには1トップが得策、というのがイルレッタの主張である。

 日本代表には空白の8年間がある。トルシエジャパンジーコジャパンを通しての8年間だ。トルシエは攻撃的を標榜としつつ3-4-1-2という守備型3バックを採用した。トルシエを批判したジーコは攻撃的サッカーを目指した。その結果、なぜか4-2-2-2を採用した。中央に黄金のカルテットなるボックスを配置するこの布陣は、ブラジルの定番で、非プレッシング型。高い位置でボールを取るには不向き、そういう意味ではトルシエと共通する。ブラジルと対抗するべく生まれたプレッシングサッカーを標榜に掲げていたのにどうして時計の針を何年も前に遡りしたようなサッカーになったのか、とことん謎だとしか言いようがない。

 この時期の良き比較対象になるのが当時の名古屋グランパスだ。監督のベンゲルが採用したのは4-4-2で、ストイコビッチが自由に動いていたのをみると4-4-1-1と言った方がいいかもしれないが、いずれにせよプレスの網は高い位置でよくかかっていた。

 ジーコは後に布陣を3-4-1-2に切り替えた。攻撃的サッカーを捨て、守備的陣営を取り入れた。理由を彼はこう語っていた。「選手がそれになれているから」。トルシエの影響でJリーグの七割に広まってしまった3バックが、ジーコにも影響してしまったのである。時代の流れに逆らう布陣に支配されたまま、8年の月日が流れてしまったのであった。

 日本のサッカーはポジションを、カバーするエリアではなくキャラクターで分類しがちだ。キャッチーなフレーズは多々生まれた。しかしキャラづけは変えにくいものになる。これではユーティリティ性は育たない。「サッカーは布陣じゃない」と声高に言われ続けたのもこれが原因だ。布陣が選手を育てていくという意識が薄くなってしまったのである。

 04年のアテネ五輪でアルゼンチンの監督を務めたマルセロ・ビエルサは攻撃的サッカーを志向した。布陣は3-3-3-1だが、選手はそのポジションに固定されず、空いているスペースに果敢に飛び出していった。まさにトータルフットボールを想起させる形だ。2007年からチリの監督を務めているビエルサは、今後も注目したい監督だとのことである。

 ユーロ04のチェコ対オランダ戦では、ブリュックナー監督が画期的な采配をした。右サイドバックの選手を控えさせると、同じポジションには入れず、高い位置に交代の選手を配置した。つまり右サイドバックのスペースをわざと開けたのである。個人技に秀でていたオランダのロッベンをフリーにし、逆にらしさを奪うことに成功したのである。

 同じく06年に名采配を繰り出したのは、ポルトガルスコラーリ監督だ。3回連続の交替による劇的な逆転は、サッカー界を震撼させた。

 ユーロ04で欧州チャンプに輝いたギリシャは4-3-3の布陣でカウンターサッカーを繰り広げた。扇形に広がるこの布陣はカウンターの選択肢を増やす。守備的と言われがちなギリシャだが、条件が揃えば攻撃的になりうるのである。

 オシム代表監督は日本中に布陣の大切さを気づかせた。トルシエジーコ時代と比べると格段に「普通」になった。数的優位を意識するサッカーを展開できた。欧州ではすでに、数的優位よりもギリギリでの勝ち筋、つまりプラスマイナスゼロとなる攻めも増えてきていた。オシムはそれも採用し、新鮮な思いを日本人に抱かせた。だが快進撃は続かなかった。次第に陣形はまた個人技優先に戻っていった。決定力不足を個人の能力不足としてみている限り、チームとしての成長は生まれない。

 決定力不足のカギはやはりキャラづけのデメリットにある。フォワードは得点をする人、攻撃的MFはゲームを作る人、守備的MFはボールを奪う人……固定観念が柔軟な発想を奪う。どうしてフォワードの決定力不足ばかりが責められるのか、その点を改めない限り、決定力不足を補うことはできない。

 流動性を生むのは横崩しのサッカーだ。07~08シーズンのアーセナルベンゲル監督が展開したように、サイドを活かして中央のスペースを開いていくスタイルが得点を呼び起こす。中央まずありきの日本のサッカーとは180度異なるデザインを描いているのである。

 この本は2010年刊行なので、現在とは状況が異なるかもしれない。この内容も多分一観戦者からの目線にすぎないのだろう。少しずつでもいいから、サッカーの現状を学んでいきたいなと思えた。